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一章 公爵の花嫁 7


 解呪の魔女さま――セラフィーネのことをそう呼び、助けを求める貧民街の住人たちの列は、なかなか途切れることはなかった。
「魔女さま」
「解呪の魔女さま。子供の具合が悪いのです……どうすれば治せるでしょう?」
「この前は、貴重な薬草をありがとうございました。魔女さま」
 杖をついた老婆や幼い子供の手を引く若い母親、そして花売りの少女……なかなか途切れることのない列に、セラフィーネは嫌がる素振りも見せず、真摯に対応する。列に並んだ人々の話を真剣に聞いてやり、薬草が必要な者には殆どタダ同然の値段で薬草を渡してやり、自分の手に余るような重病の者は、下町の医者を紹介してやっていた。
 そんなセラフィーネを、列の後ろに並んだルーファスは、じっと見つめていた。
 ――セラフィーネ王女は一体、何者なのだろうか?
 幾度も幾度も、もはや飽きるほどに心中で繰り返した問い。
 公爵家の屋敷から逃げ出した花嫁――セラフィーネを追いかけてきてからというもの、その謎は明かされるどころか、深まるばかりだ。
 王宮で秘された王女と呼ばれて、まるで居ない者のように扱われる妾腹の王女・セラフィーネ。
 政略結婚で、エドウィン公爵家に降嫁したルーファスの花嫁。
 そして、魔術を使って男の呪いを解き、貧民街の住人たちから慕われている――《解呪の魔女》。 
 それらは同じ人物でありながら、全く別の顔も持つ。
 全く違いすぎて、どちらが本当のセラフィーネの姿なのかすら、よくわからない。それを不快と思う者もいるだろうが、ルーファスは面白いと思った。
 その王女が持つ秘密に、興味をひかれたのだ。

 ――エスティア建国の祖・英雄王オーウェンは、裏切り者である《凶眼の魔女》を殺し、王国の平穏を守った――

 英雄王オーウェン子孫であり、その血を受け継いでいるセラフィーネが、なぜ忌むべき魔女の名で呼ばれているのか。いや、そもそも妾腹とはいえ大国の王女の地位にある者が、なにゆえにこのような貧民街に通い慣れているのか。なぜ――?と言えば、キリがない。
 そして、ルーファスにはそれを疑問のままにしておく気は、サラサラなかった。またセラフィーネを、このまま逃がしてやる気も。
「――なぜ逃げたのかは知らんが、もう遊びの時間は終わりだ。セラフィーネ王女」
 スッ、と氷を想わせる蒼い瞳を細めると、ルーファスはそう呟いて、セラフィーネの方へと歩み寄る。
 もし、王女が公爵家の屋敷に戻らないと言うならば、その首に縄をつけてでも連れ戻す。嫌だと泣こうがわめこうが、かまいはしない。それぐらいで、《氷の公爵》と呼ばれるルーファスの心は痛まない。たとえ人でなしと罵られようが、王女はルーファスの妻だ。絶対に、連れ戻す。
 鳥籠から逃げた小鳥を、そのまま空に放してやるほど、ルーファスは寛容な男ではない。
 愛情からではなく、エドウィン公爵家にとって、セラフィーネ王女はまだ必要な駒だからだ。
「……王女様」
 列が途切れた瞬間を見計らい、王女の背後に歩み寄ったルーファスが、そっと耳元に声をかけると、セラフィーネは弾かれたように振り返った。
 翠の瞳に驚きを宿し、セラフィーネは呆然とした顔で、ルーファスを見る。
 ごくっと唾をのむと、王女は震える声で言った。
「な……何で?貴方が……」
 信じられないといった声に、ルーファスは冷ややかな笑みで答える。愚かな。逃げられると、逃げきれると、この世間知らずな姫君は本気で思っていたのだろうか。
「本気で逃げきれると、そう思っていたのですか?だとしたら、私もずいぶん甘く見られたものですね」
「……」
 ルーファスが話すごとに、セラフィーネの顔からはサーッと血の気が引いて、顔はみるみるうちに青ざめていく。
 列をなしていた貧民街の住人たちも、それぞれの用件が済んだのか、一人二人とその場から立ち去っている。セラフィーネの《解呪の魔女》の異変に気づいたものは、誰もいない。
 セラフィーネの体は小さく震えていた。
 まさか、王女の身分にある者が、こんな場所にいるとは誰も思うまい。公爵であるルーファスが、自ら、たった一人で追いかけてくるというのも予想外だったのだろう。
 口に出さずとも、セラフィーネの凍りついたような表情を見れば、そう思っているのは一目瞭然だった。
「何が目的か知りませんが、貴女の居場所はここではありません。魔女の真似事も、もう気が済んだでしょう?さぁ、屋敷に戻りますよ」
 そう言って、ルーファスがセラフィーネの手を取ろうとすると、王女の顔が歪んだ。
「――嫌っ!」
 首を横に振ると、セラフィーネはルーファスの腕を強引に振り払い、彼に背を向けて駆け出した。
「待て!」
 しかし、ルーファスが黙って、その逃亡を見逃すはずもない。
 (……往生際の悪いことだ)
 ちっ、と心中で舌打ちしながら、ルーファスは逃げたセラフィーネを追って、駆けた。
「はあ……はあ……」
 王宮で姫として育てられたにしては、セラフィーネの足は、かなり速かった。おまけに貧民街の地理にも詳しいようで、何とかルーファスをまこうと、角を曲がる足取りにも迷いはない。王女という身分を考えれば、それは随分と不自然なことだった。
 しかし、ここまできて逃げられるほど、ルーファスは間抜けではない。大体、男と女では体力が違う。
 すぐに追いつくと、彼は逃げるセラフィーネの腕を掴み、ぐいっと己の方へ引き寄せた。
「きゃ……っ!……」
 短い悲鳴を上げて、セラフィーネの体は、ルーファスの胸へと倒れ込む。
 ルーファスは面倒そうに顔をしかめると、セラフィーネの背に腕を回し、逃がさないように腕の中に閉じこめる。
 それは見ようによっては、恋人同士の抱擁のようにも見えたかもしれないが、彼ら二人の間に漂うのは甘い空気ではなく、殺伐としたそれだった。
「……離して」
 セラフィーネは顔を上げると、翠の瞳で、己を捕らえた青年を睨む。だが、頭上から降ってきたのは冷ややかな声だった。
「そう言われて、離すとでも?逃げられるとわかっていて、腕を離す馬鹿はいないでしょう」
「……」
 うつむくセラフィーネに、ルーファスは追い打ちをかけた。
「大体、なぜ逃げたんですか?セラフィーネ王女様。貴女に逃げ出された場合、我が家がどんな迷惑をこうむるのか、まさか知らなかったわけでもないでしょう?」
 まるで刃のような情のない言葉だと、ルーファスは自覚していたが、止めてやる気はサラサラなかった。
 もし、王女が長く行方不明となれば、公爵である彼もエドウィン公爵家も無事ですむわけもなかっただろう。最悪の場合、責任を取らされて投獄や処刑……あるいは家名の断絶もありえる。セラフィーネがそこまで考えていたかは不明だが、この状況で優しい言葉をかけてやるなんて気には、到底なれない。
 王女と臣下という立場だから、これぐらいで済んでいるが、もし相手が男ならば、何か言う前に殴っているところだ。
「……ごめんなさい」
 ルーファスの怒りが伝わったのか、セラフィーネはうなだれて、悲痛な声で謝った。
 もう逃げないから、と言うと、少女は青年の腕から離れて、「ごめんなさい」と同じ言葉を繰り返した。
「ごめんなさい……貴方に黙って逃げたことと、迷惑をかけたことは、本当に悪かったと思ってる……ただ、あたしは貴方と結婚することは、どうしても出来ないの。エドウィン公爵。ううん……あたしは誰とも結婚なんて出来ない。だって……」
 そう言って、セラフィーネは翠の瞳でルーファスを見つめて、静かに告げる。
「――あたしは、誰も愛せないから」
 亜麻色の髪が、夜風に吹かれて揺れる。
 その翠の瞳は綺麗で、どこか悲しくて、偽りなど何もないかのようにルーファスは錯覚しそうになる。そんなことが、あるはずもないのに。
「……それは、どういう意味でしょう?」
 セラフィーネの言葉の意味がわからず、ルーファスは眉をひそめる。
 ――あたしは誰も愛せない。
 ひどく意味深な言葉ではあるが、結局、ルーファスの疑問には何も答えていないに等しい。馬鹿にされているのかとも思ったが、王女の真剣な顔つきからは、嘘を言っている感じも受けない。もし本心だとしたら、それはどういう意味なのだろうか。 
 ルーファスの問いかけに、セラフィーネはゆるりと首を横に振った。
「悪いけど、教えられない……きっと、貴方は知らない方がいい。エドウィン公爵」
「勝手なことを……」
 冷ややかな声で言うと、ルーファスは蒼い瞳でセラフィーネを睨みつける。だが、王女は穏やかな声で、「うん」とうなずいた。
「うん。わかってる。これは、あたしのワガママでしかない。勝手なことを言ってるのも、自覚してる。きっと正気の沙汰じゃないでしょうね。でも……あたしは、貴方の花嫁にはなれない」
「その理由は?」
「……」
 ルーファスが問いつめても、セラフィーネは無言で首を横に振り、頑なに口を閉ざす。この様子では、何があっても本当のことは言わないだろうと、ルーファスは思った。彼は諦めて、これからのことを尋ねる。
「……それでは、私の妻として、エドウィン公爵家の屋敷に戻る気は無いということですね?セラフィーネ王女様」
「ごめんなさい。エドウィン公爵」
 自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はあるのか、セラフィーネの顔はひどく申し訳なさげだった。しかし、ルーファスとしても、ここで「はい。そうですか」と、あっさり引き下がるわけにはいかない。
 ――結局のところ、王女が逃げ出した理由は不明なままだ。
 この結婚が、彼女にとって不本意であることはわかった。もし、これがただ恋愛感情で結ばれた平民の夫婦ならば、白紙に戻しても良いだろう。だが、ルーファスはエスティアを代表する大貴族であり、セラフィーネは妾腹とはいえ国王の娘なのだ。それは即ち、この婚姻には多くの金と、さまざまな人間の思惑が絡んでいるということである。
 エスティアの国王オズワルト。
 同じく、エスティアの宰相ラザール。
 最低でも、この二人はセラフィーネの婚姻を認めて、ルーファスの元へ――エドウィン公爵家へと降嫁させた。その裏に、どんな思惑があったにしろ、それは事実だ。
 それを王女一人の意志で、白紙になんぞ出来るはずもない。
 (面倒だ。強引にでも、屋敷に連れ戻すか……)
 頭に浮かんだ考えを、ルーファスは意味がないなと打ち消した。セラフィーネを強引に屋敷に連れ戻すのは容易だが、それで済むとは思えない。
 厄介なことに、この王女は夜中に一人で逃げ出すほど、無謀というか……度胸がすわっているのだ。無理矢理に屋敷に連れ戻しならば、また近いうちに同じことを繰り返すだろう。屋敷の使用人に監視させたとしても、四六時中というわけにもいかないはずだ。いずれ必ず、同じことが起こる。その時に、ルーファスが逃げたセラフィーネを見つけ出せるという保証は、どこにもないのだ。
 ひどく不本意ではあるが、ルーファスは妥協することにした。
「……わかりました」
 うなずいたルーファスに、セラフィーネは驚いた顔で「え……」と声を上げる。
「こちらも妥協しましょう……」
 ルーファスは淡々とそう言って、言葉を続けた。
「最初に言ったとおり、セラフィーネ王女様にはエドウィン公爵家の屋敷に戻っていただきます。ただし……私の妻である必要はない」
 ルーファスの言葉に、今度はセラフィーネが首をかしげた。屋敷には戻ってもらう。ただ妻である必要はない。それは、どういう意味だろうか?
 首をかしげつつ、セラフィーネは問う。
「……それは、どういう意味?」
「そのままの意味ですよ。セラフィーネ王女様。貴女は私の妻であるフリをしてくれれば、それでいい。私は必要がない限り、貴女には触れませんし、貴女が誰を想っていても自由だ。私を嫌おうが、愛人を持とうが、ご自由にどうぞ……ただ逃げることだけは、許さない」
 そのルーファスの言葉に、セラフィーネは絶句した。
「……」
 エドウィン公爵家の屋敷から逃げ出した時から、公爵本人とは思わないにしろ、追っ手が来るだろうことはセラフィーネも、ある程度は覚悟していた。見つかった以上、何と言おうと、最後には屋敷に連れ戻されるであろうことも。だが、まさか、こんな取引めいたことを言われるとは思わなかった。
 しかし、ルーファス――エドウィン公爵の言いたいことは理解できる。
 彼にとって、セラフィーネの存在は駒のようなものであり、自分の手中にあってくれさえすれば良いものなのだ。その気持ちがどこにあろうが、彼は一向に構わないのだろう。
 そして、それはセラフィーネにとっても、好都合に思えた。
 また逃げたところで、何度でも連れ戻されるだけで、無駄なことだ。それならば、エドウィン公爵の言葉を受け入れて、何とか自由に動ける立場を手に入れた方がいい。セラフィーネに残された時間は、もう長くはないのだから……。
「……本気なの?」
「ええ。本気ですよ……それで、どうしますか?」
 セラフィーネの言葉に、ルーファスは躊躇無くうなずいて、「どうしますか?」と問い返した。
「……」
 相手の真意が読めず、警戒して無言になるセラフィーネに、ルーファスは続ける。
 その言葉はひどく残酷で、同時にどこか甘美な響きを持っていた。
「――どう足掻いても、貴女が籠の鳥である運命は変わらない。ただ私なら、貴女に居心地の良い鳥籠を用意しましょう。どうしますか?セラフィーネ王女様。選ぶのは、貴女だ」
 セラフィーネは答えず、ただ黙って、自分を籠の鳥と表現した青年を見つめた。
 長いような短いような沈黙は、セラフィーネの「……わかった」という言葉によって、終わりを告げた。
「……わかった。貴方の提案を受け入れる。エドウィン公爵……ただし、二つだけお願いがあるの」
「……お願い?」
 セラフィーネの口から出た言葉に、ルーファスは首をかしげる。
「うん。お願いだから、もし無理だったら、構わない。でも、叶えてくれたらうれしい」
「何ですか?」
 ルーファスがそう尋ねると、セラフィーネは小さく微笑む。
 それは、セラフィーネが彼に対して初めて見せた年相応の素直な表情だった。そして、セラフィーネが口にした二つの願い――それは、ルーファスにとってはひどく意外なものだった。
「まず、あたしのことは出来たら、セラフィーネじゃなくて、セラって呼んで欲しい。セラフィーネっていう名前は、あんまり好きじゃないから。あと、出来たら敬語も止めて欲しいんだけど……無理?」
「……いいえ。ですが、本当によろしいのですが?」
「うん。あたしも砕けた喋り方をしてるでしょう?ホントはこっちが地なの。王女として丁寧な喋り方をしてると、なんていうか肩が凝って……」
 あまりにも意外な発言に、ルーファスはしばし呆然としていたものの、何とか立ち直った。こんな下町の娘のような喋り方をする人間が、本当に王女なのか、今更ながら疑いたくなってきたが、その要求自体は難しいものではない。
 ルーファスはうなずいて、話し方を変えた。
「わかった。貴女の望む通りにしよう……セラ」
 ルーファスが、セラフィーネではなくて“セラ”と口にした瞬間、王女は――セラは一瞬だけ、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。まるで、“セラ”とその名前を呼ばれたことが、何よりの幸せであるかのように。
「ありがとう。あたしも約束は守る。もう、こんな風に公爵に黙って、屋敷から逃げ出したりしない」
「そうしてもらえると、こちらは助かる。そろそろ屋敷に戻った方が良い。執事や女中頭も心配していることだろう」
 ルーファスは素っ気なく言うと、エドウィン公爵家の屋敷に戻るべく、足早に元きた道を戻り始めた。セラも後に続く。
 そんな彼らの姿を、月明かりが照らしていた。
「旦那様――っ!ご無事ですか?」
 ルーファスとセラが公爵家の屋敷の近くまで歩いて戻ってくると、「旦那様――っ!」と叫びながら、ランタンをかかげたルーファスの従者ミカエルが、焦った顔で駆け寄ってくる。主人と、その妻となったばかり王女のことを相当に心配していたのか、その淡い水色の瞳は少しうるんでいた。
「ああ。心配をかけたな。ミカエル……スティーブやソフィーは?」
 執事のスティーブや女中頭のソフィーは?とルーファスが問うと、ミカエルは「屋敷の門の前にいます」と言って、門の方を指さした。
 門の方を見ると、ミカエルの言葉の通り、門の前に執事のスティーブに女中頭のソフィー、そして、セラの世話係であるソフィーの姪メリッサの姿があった。あれから何時間も経つというのに、主の帰宅を信じて外で待っていたのだろう。
 逃げた王女のことが心配だったのか、あるいは王女を追いかけていった主のことが心配だったのか、きっと両方に違いなかった。
 ルーファスとセラの姿を認めると、執事のスティーブは門の前で頭を垂れて、まるで何事もなかったように出迎えの言葉を口にした。
「――お帰りなさいませ。旦那様……奥方様」
 ルーファスは短く「心配をかけたな」と言って門の方に向かうが、屋敷から逃げたセラの方は、ためらうように立ち止まった。自分は、一度この屋敷から逃げ出した身だ。屋敷の人たちには心配も、迷惑もかけてしまった。それなのに、何事もなかったかのようにのうのうと戻って、本当に良いのだろうか?――そう考えると、足が動かなくなる。
 そんなセラに、ルーファスは「ハァ」と息を吐くと、手を差し伸べた。
 王女の細く頼りない手を取り、ルーファスは言う。
「戻ると決めたんだろう?それならば、あの屋敷は貴女の帰る家だ。セラ」
 なぜ解呪の魔女と名乗っているのか、あの呪われた男を救ってやった魔術は何だとか、何を隠しているとか、問いつめたいことは山のようにあった。しかし、それを問いつめてしまったなら、この王女――セラは、また屋敷を逃げ出すかもしれない。
 そう考えたルーファスは、ひとまず流れに任せることに決めた。
 すぐに全てを明らかにしようとするのは、無茶だ。何も期限があるわけではない。ゆっくりと時間をかけて、真実を明らかにすれば良いのだから。
「……あたしの帰る家?本当に?」
 ルーファスが何気なくいった一言に、セラは翠の瞳を丸くして、意外そうに言った。
「今日からな。王宮育ちの貴女には不満だろうが」
「そんなことない!……ありがとう。エドウィン公爵」
 少し皮肉っぽくルーファスが言うと、セラは慌てたように首を横に振り、「ありがとう」と礼を言うと、彼の手を取って屋敷の方へと歩きだした。
 その足取りは、先ほどに比べて、どこか軽やかだ。
「ああ。そうだ。こちらも王女様と呼んでいないのだから、俺のことをエドウィン公爵と呼ぶ必要はないぞ」
「ん?」
 呼び方なんて、どうでも良いと思いつつも、ルーファスは言ってやった。
 自分は何と呼ばれようと構いはしないが、こちらを向いたセラは、そうではないのだろう。だから、これは気まぐれのようなものだ。
「――ルーファスだ。好きなように呼んでくれて良いが、もし名前を呼ぶ気なら、そう呼べばいい」
 

――そうして、魔女に呪われた王国で、氷の公爵と呼ばれる青年と秘密を抱えた王女が出会った時、運命は動き始める――


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