屋敷の使用人の誰かに見られて、外出の理由を尋ねられることがないように、屋敷の正門からではなく、こっそりと裏口から抜け出したセラとルーファスの二人は、月明かりに照らされた夜道を歩いていた。
昼間はこの上なく華やかな王都とはいえ、夜も更け、もはや深夜とも言える時刻、わざわざ出歩くような物好きな輩もいないのか、道を歩いているのは彼ら二人だけだ。
裾を引きずるような長い黒のローブに、黒の手袋に、足元には黒の靴……闇にまぎれてしまうような奇妙な服装をしたセラと、明らかに庶民とは違う、仕立ての良い上質な服を着たルーファスという、ひどく不釣り合いな男女の二人組は、昼間なら注目を集めて、人々から好奇の視線を向けられたに違いない。
しかし、セラたちにとって幸いというべきか、その道を歩いているのは彼ら二人だけだった。
その奇妙な男女の姿を見ているのは、闇で目を光らせる野良猫くらいのものだ。
公爵家の屋敷から出たセラとルーファスは、贅を尽くした貴族の邸宅が立ち並ぶ王都の中心部から、そことは対照的な王都の外れ――貧民街の方角へと歩を進める。
大国・エスティアの暗部とも言えるその場所は、国の重鎮たちが救うことなく目を背け、並の貴族の子弟ならば、近づくことすら厭う場所だろう。だが、そこへと向かうルーファスの足取りにも、また表情にも、迷いや嫌悪や怯えの類は、一切、見受けられない。
ルーファスは幾度となく、セラのことを奇妙な女だと評したが、彼自身、大貴族の子弟としては珍しくというべきか、豪胆というか……なかなかに肝の据わった性質の持ち主だった。
あるいは単純に、繊細な感情というものを、生まれる前に母親の胎内に置き忘れただけかもしれないが……。
いずれにせよ、そんなルーファスの性質は、彼の半歩前を歩くセラにとっては、有難いことであっただろう。
まぁ、ここでぐだぐだと文句を言うような男ならば、そもそも一緒に行くなどと言わなかっただろうが。
そんな彼らの歩む道は、あの夜……降嫁してきたセラが公爵家の屋敷から逃げ出した、あの初夜の時と、全く同じ道だった。
あの夜、屋敷から逃げ出した花嫁のセラと、彼女を追いかけたルーファスは、今と全く同じ道を通って、貧民街へと向かったのである。
ただ道は同じでも、彼らの状況は、あの時とは違う。
初夜の時とは異なり、セラはただ逃げているわけではなく、己の意志でルーファスと行動を共にしていたし、ルーファスもまたそうだった。だが、己の意志で行動を共にしたからと言って、セラとルーファスの間に信頼関係が築かれつつあるのかといえば、答えは否だ。
むしろ、共に過ごすうちに、その関係はより複雑に……まるで、絡み合った糸のようになりつつある。
「……」
ルーファスがセラのことを未だ信頼していない証拠に、前を歩く彼女の背を見つめる彼の蒼い瞳は、どこまでも冷ややかだった。
嫌っているわけではない。だが、だからといって、信じているわけでもない。
決して好ましい関係ではないだろうが、それもある意味で、仕方のないことであるのもしれなかった。
人を簡単に信頼できるほど、ルーファスの育ってきた環境は優しいものではなかったし、過ごしてきた時間も穏やかなものではなかった。また誰かを心から信頼するには……本人も自覚していることであったが、彼には明らかに必要な何かが欠けていた。
それは、愛情と、そう呼ばれるものであったのかもしれない。
しかも、ルーファスは己の妻であるセラのことを、何も知らないのだ。
今まで一体、どんな人生を過ごしてきたのかも、王女の身分にありながら≪解呪の魔女≫と呼ばれている理由も、その目的も……セラが何も語ろうとしないために、それら全てが謎に包まれている。その状況で、何かを信じろというのも、ルーファスにとって酷な話といえば酷な話だった。
包み隠さずに言うならば、今の彼らに、信頼関係など築けるはずもなかったのだ。男に人を信頼する気持ちが欠けていたとすれば、女には信頼してもらうための言葉が、何よりも欠けていたのだから。
それは、出会ってからの月日が短いという理由だけでは、決してない。
青年の孤独な心が、少女の抱える秘密が、そのまま彼ら二人の距離だったのだから――。
「……ねぇ、ルーファス」
その時、それまで黙々と歩いていたセラが、ふっと後ろを振り返った。
夜風に吹かれて、ふわりっ、と亜麻色の髪が揺れる。
ルーファスが少し頭を下げると、セラの翠の瞳と目が合った。
「……何だ?」
そうルーファスが尋ねると、セラは彼の腰を――正確には、ルーファスが腰に帯びている剣を見ながら、少し緊張した声で言った。
「ううん、大したことじゃないんだけど、その剣……」
「……これのことか?」
そう言って、カチャリ、とルーファスは己の剣の鞘を鳴らす。
俺が帯剣しているのが、そんなに珍しいかとも思うが、考えてみれば、王宮内での帯剣は一部の騎士の例外の除いて認められていないし、ルーファスは武官ではないから、四六時中、帯剣しているわけでもない。言われてみれば、セラの前で帯剣しているのは、これが初めてであるかもしれなかった。
そうしている間にも、セラの視線が、剣から離れることはなかった。
――まるで、何かに魅せられたように。
「……」
セラが口をつぐんで、じっと剣を見つめているのをみて、ルーファスは首をかしげた。
彼の剣……祖父から譲られたそれは、古いながらも手入れが行き届いていて、たしかに悪いものではなかったが、そこまで素晴らしいものだというわけでもなかった。第一、剣など珍しいものではない。
「……俺の剣がどうかしたのか?」
ルーファスがそう問うと、セラはハッと我に返ったように顔を上げて、ぶんぶんと首を横に振った。
「え……ううん。何でもないよ……それより、ルーファスは剣が使えるの?」
「ああ。人並みにはな」
別に誇るようなことでもないので、ルーファスは淡々とうなずく。
彼は多くは語らなかったが、実際のところ、幼い時から剣の師についてきたルーファスの剣士としての技量は、かなり高いものであった。そうでなければ、送られる刺客を返り討ちにして、ここまで生き延びることは出来なかっただろう。とはいえ、彼が剣の鍛錬を欠かさなかったのは、何も刺客を倒すためだけではない。
幼い時から剣の稽古を積まされたのは、エドウィン公爵家の跡継ぎとして、剣が必須であったからだ。
ルーファスの先祖に――英雄王・オーウェンの片腕にして、生涯の側近であった男、隻眼のヴィルフリートと呼ばれた男がいるのだが、その男が英雄王と並ぶ剣の天才であったとの言い伝えから、エドウィン公爵家の男児は例外なく、優れた剣士であることが求められる。
その伝統はルーファスの代に至るまで、忠実に守られ、彼の祖父も父も……また彼自身も、優れた剣の使い手ではあった。
ただ、ルーファス自身は身を守る手段として、剣を取っただけであり、剣に対する執着は皆無だった。必要とあらば、刺客を斬るが、別に楽しいものではない。……むしろ血の赤は、忌まわしい過去を、思い起こさせる。
「ふぅん。そうなんだ……良かった」
ルーファスの言葉に、セラはうなずいた。
そして、なぜか安堵したように、柔らかく微笑う。
剣が使えるのは、心強い。じゃあ、もし何かあったら、その剣であたしを殺して――その言葉を、セラは口の中だけで飲み込んで、何も言わなかった。
……もし、その言葉を口にしたら、後戻りが出来なくなるのはわかっていたし、誰かにそんな重荷を背負わせる気はなかった。絶望するのは、苦しむのは、自分だけでいい。
「……セラ?」
その声にも表情にも、表面上は悲痛なものが無かったにも関わらず、何となく不吉なものを感じて、ルーファスはセラの名を呼ぶ。
特に理由はないが、そうせずにはいられなかった。
「何でもないよ。それより……」
セラはゆるり、と首を横に振ると、どことなく重い空気を振り払おうとするように、明るい声で言った。
「――言い忘れたけど、実はこれから、ある人に会いに行くんだけど……平気?ルーファス」
セラの言葉に、ルーファスは眉をひそめた。
人に会いに行く?
誰にだ?
「……人に会いに行くだと?誰にだ?」
「えーっとね、あたしの魔術の師匠だよ。つまり、魔術師の人ってこと」
ルーファスの問いかけに、セラはにこやかに笑いながら、どこか楽しげに答える。
しかし、その答えに、ルーファスは眉間のしわを深くした。
魔術師……だと?
「あっ、そんなに心配しなくても、魔術師っていってもそんな怖い人じゃないから、心配しなくても大丈夫だよ!」
ルーファスの渋面を、不安ゆえと取ったのか、セラが慌てたように言った。
別に不安がっているわけではないとは思ったが、あえて訂正する必要を感じなかったルーファスは、その代わりにあることをセラに尋ねる。
「その魔術師の師匠とやらに会うのは、別に構わんが……どんな男だ?」
魔術師というからには、女ではなく男だろう。
そう思いながら、どんな男だと、ルーファスは口にした。
セラの魔術の師匠だという、その男に会うのを拒むほどの理由もなかったが、会う前にどんな男なのか知っておく必要があった。百聞は一見に如かず、であるとはいえ、事前の情報はないよりは、あった方が良い。
「んーっと、一言でいうと……」
少し考える素振りを見せた後、続けられたセラの言葉に、ルーファスは耳を疑った。
「――子供かなぁ?」
「子供?……それは、比喩的な意味でか?」
魔術の師匠というからには、セラよりも年上だろう。そう思い込んでいたルーファスは、セラが口にした「子供」という単語に、首をひねる。大体、セラ自身が、まだ十七歳と若いのだ。そんな彼女が子供というならば、それこそ、十代前半までの子供ということになるだろう。そんなことが、ありえるのだろうか?
あるいは、実際の年齢が低いということではなく、子供っぽい性格という意味か?
しかし、そんなルーファスの予想も、次のセラの言葉によって、あっさりと覆された。
「ううん。違う。そうじゃないよ。言葉通り、見た目が、子供ってこと……でも、長く生きてる」
「……どういう意味だ?それは。矛盾しているだろう」
子供……だけど、長く生きている。
矛盾する二つの言葉に、ルーファスは首をかしげざるを得ない。
しかし、喋るセラの表情は至って真面目で、嘘をついたりふざけている様子はなかった。だからこそ、余計に不可解だ。
セラの矛盾した言葉からは、その魔術師とやらの人物像が全くわからず、顔をしかめたルーファスとは反対に、セラはにこにこと眩しいほどの笑顔で「そうだね。あとは……」と言葉を続ける。
「あとは……容姿が、ひよこっ!ひよこに似てる!髪の色とか瞳の色とか、すっごく綺麗な金色できらきらしていて、なんて言うか……ひよこみたい!」
続けられた言葉に、ルーファスの眉間に刻まれたしわは、ますます深いものになった。……ひよこ、だと?ふざけているのか、この女は。
ルーファスは、人々から氷のようだと評される深い蒼の瞳で、セラを睨んだ。
もし、視線だけで人を殺めることが可能ならば、射殺せそうなほどに強い視線だ。
彼は唇を開くと、低い声で、何とも不似合いな言葉を吐いた。
「……ひよこ?」
「うん!」
並の人間なら震えそうな視線を向けられても、セラは全く動じず、にこにこと笑顔でうなずく。その笑顔は清々しいほどに、一点の曇りもない。そんなセラの態度に、ルーファスは眉間のしわを濃くした。
そして、冷ややかな声でセラに問う。
「ひよこだと?……ふざけているのか?それとも、俺をからかうのが楽しいのか?」
「……へ?何のこと?ルーファス」
ルーファスの言葉に、セラはきょとんと翠の瞳を丸くして、いささか困惑したような声を上げる。
その表情からは、悪意の欠片も見当たらない。
からかわれているのかと思い苛立った彼の立場からすれば、少し拍子抜けだった。
あまつさえ、ちょっと背伸びをして「ルーファス……?どうかしたの?」などと少し心配そうな顔で、自分の顔をのぞきこんでくるセラを見るにつれ、ルーファスは何というか……何もかも馬鹿馬鹿しくなった。
どうせ謎めいたというか、夫である彼が呆れるくらいに、この娘は――セラは、奇妙な女なのだ。その言葉の意味を、いちいち深く勘ぐるだけ、時間の無駄だろう。
そう己に言い聞かせると、ルーファスはもういい、という風に首を横に振った。
「……もういい。時間の無駄だ。俺が直接、その魔術師とやらに会う方が話が早い……その魔術師とやらの居る場所は、この近所なのだろう?」
そう言いながら、ルーファスは周囲を見回す。
喋りながら歩いているうちに、彼ら二人は貧民街と呼ばれる地区へと到着していた。あの初夜の時と、同じように。
そういえば、あの夜の時は一度、この辺りでセラの姿を見失いかけたのだと、ルーファスは思い出す。その魔術師とやらが居るのは、この近所なのだろう?という、ルーファスの問いかけに、セラは「うん」と首を縦に振り、続けて言った。
「うん。この近くだから、もうすぐ着くよ……それでね、あと少しだけ話すと、あたしの魔術の師匠の名前はラーグっていうんだけど……天才肌で飄々としてて、時々、ちょっぴり意地悪なことも言うけど、根は優しい人だから仲良くしてくれると嬉しいな……ルーファスとは、少し性格が似たところがあるし、多分、大丈夫だと思うけど」
「……性格が似ている?俺とか?何かだ?」
そう尋ねるルーファスの声は、少し苦かった。一度も会ったこともない魔術師とやらに、性格が似ていると言われても、正直、微妙だ。
しかし、そんなルーファスに向かって、セラは微笑んで言う。
媚びも何もない、素直な声で。
「ルーファスとは……二人共、あんまり素直じゃないのに、本当は優しいところが、よく似てるよ」
素直じゃないけど本当は優しい、とセラが口にした瞬間、ルーファスはいきなり足を止めて、その場に立ち止まる
それを見たセラも、驚いたように足を止めて、彼の方を向いた。
「ルーファス……?」
「俺が優しいだと……?それは、貴女なりの嫌味か?セラ」
「え……?」
戸惑うような声を上げると、翠の瞳に困惑を宿して自分を見つめてくるセラを、ルーファスはどこまで冷ややかな瞳と表情で見つめ返す。――優しいなどと、白々しい嘘を言うな、と彼は心の中で吐き捨てた。
……下らない。夫婦とは言っても、愛情など欠片もない政略結婚で、しかも出会って間もない貴女に俺の何がわかるのだと、そうセラに言ってやりたかった。優しいなどというのは、自分に最も不似合いな言葉だと、ルーファスは思う。
氷のように冷酷で、情のない男。
そんな己に対する評価を、今まで聞き飽きるほどに聞いてきた彼にとって、優しいなどという白々しい言葉は不快を通り越して、屈辱的ですらあった。中身のない空虚な世辞は、時としてどんな罵詈雑言よりも醜悪であると、ルーファスは思う。……下らん。この娘も所詮、あいつらと同じか。
己の胸中に、どす黒いものが……ひどく暗い感情が広がっていくのを、彼は感じた。
残された理性が警鐘を鳴らすが、それでも胸を支配する、暗い感情は消えない。
その暗い衝動に突き動かされるように、ルーファスはこちらを見つめているセラの細い首筋に片手を伸ばし、つぅ……とあごに手をあてて、無理矢理に仰向かせる。
彼の指が肌に触れた瞬間、セラはびくり、とわずかに身を強ばらせたものの、抵抗はしなかった。
その代わりに、透き通った翠の瞳で、ただ黙ってルーファスを見つめてくる。
怯えるでもなく、怒るでもなく、ただ瞳に静かな光を宿して。
その静かすぎる反応に、何とも言い難い苛立ちすら覚えながら、ルーファスは言う。
「俺が優しい人間などと、白々しい嘘を吐くな。セラ……間違えても、そんな風に言われる人間じゃないのは、己が一番よくわかっている。見え透いた世辞は、不快を通り越して、いっそ滑稽だ」
「……」
セラは、何も言わなかった。
そんな彼女に、ルーファスはさらに続ける。
「氷と呼ばれる、俺の評判を知らぬわけでもないだろう?」
「……」
「一つ、忠告しておこう。そう簡単に、偽りでも、人を信頼するような言葉を吐くな……失望するのは、貴女だ」
首筋に触れた彼の指先に、わずかな力がこもる。
「……それは、違うと思うよ。ルーファス」
その時、それまで黙っていたセラが、やや小さな、だが凛とした声で反論した。
穏やかで静かで、だが、どこか抗い難い響きを持つ声。
その言葉に虚を突かれたように、彼女の首筋から、男の指が離れた。
「……違う?何がだ?」
セラの反論を、やや意外なものとして受け止めながら、ルーファスは尋ねる。
……何が違うというのか?
彼には、理解できなかった。
「だって……」
セラは、ふっと苦笑しながら言う。
「だって、本当に冷たい人間は、そんな風に人に忠告したりしないものだよ。真の悪意は、目に見えないものだから。それに……」
顔を上げると、セラは正面からルーファスを見つめて、柔らかな、しかし何処となく儚げな微笑みを浮かべて言った。
「――誰かを憎むよりも愛する方が、疑うよりも信じる方が……きっと、幸せでしょう?」
そんなセラから、ルーファスは一瞬、目を逸らすことが出来なかった。
なぜ、そうなったのか、彼自身もわからない。
セラという少女はルーファスの目から見て、特別に美しいわけでも、何か特別なことを言うわけでも、人を惹きつけてやまないような魅力があるわけでもない。自分よりは善良な人間なのかもしれないと思うが、極々、平凡な女だ。
もし、セラが王女という身分でなく、国王の命でエドウィン公爵家に降嫁してこなければ、進んで関わろうとはしなかったであろう相手だ。それは、わかっている。それなのに、なぜ――?
「……」
わからない、とルーファスは思った。
最初に出会った時は、平凡な女だと思った。
魔女としての姿を知った時は、ひどく謎な女だと思った。
共に過ごすうちに、奇妙な女だと思うようになった。今は……よくわからない。色々な意味で、捉えどころのない女だと思いつつある。
「ルーファス……」
「……何だ?」
名を呼ばれたことで、己の世界に入り込みかけていたルーファスはふっと我に返ると、セラの方へと向き直った。
「えっと、そろそろ前に進まない?あんまり遅くなると、ラーグが……あたしの師匠である魔術師が、少し心配すると思うから」
それは当然といえば、当然のことだった。
夜も更けた時刻、こんな場所でぼーっと二人で立ち尽くしているのは間抜けな話だと、ルーファスだって思う。
話しているうちに、先ほどまで彼の胸中を支配していたどす黒い感情は、いまだ完全に消えたわけではなかったが、時間と共に頭の方はだいぶ冷えて、落ち着いてきていた。最早、先ほどのように感情に流されることはないだろうと、ルーファスは息を吐く。
「……わかった」
セラの言葉にルーファスはうなずくと、止めていた足を動かし、二人は再び歩き始める。
そうして、しばらく歩いていると――ある場所で、セラが足を止めて、前方を指差しながら言った。
「さぁ、着いたよ。あそこが目的の、あたしの師匠――ラーグが……魔術師がいる場所」
あそこに魔術師がいる。
そう言ったセラが指差した先にあったのは、ひどく古そうな、元々は……数十年以上も前かもしれないが、何らかの店だったことを示すようにボロボロに薄汚れた看板のかかった、今にも崩れそうな二階建ての家だった。
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