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三章  呪いの代償  2


 氷と称される青年が見る悪夢が、母親の死にまつわる流血の紅であるとするならば、彼の妻である少女の悪夢は、晴れ渡った空の青から始まる。
 色こそ違えど、どちらも悪夢の行き着く果ては、同じ。
 暗い暗い奈落の底、光の届かぬ絶望である……。

 あの日の晴れ渡った青空を、あの日の記憶を、セラは決して忘れることが出来ない。
 きっと、生涯、記憶から消し去ることは出来ないだろう。
 そうであるからこそ、セラは幾度も幾度も、あの日のことを夢に見る。
 あの暗く、絶望に満ちた日のことを、過去の記憶を風化させることもなく、忘れることも出来ず、幾度も幾度も残酷な夢を見る――
 セラは十三歳になるまで、お針子をしていた母親と町で、ずっと二人だけで暮らしていた。なので、セラには幼い頃の母親の記憶はあっても、父親の記憶はない。
 母親からは、父親は流行病で若くして亡くなったのだと、そう聞かされていた。
 後で思えば、母親のそれは嘘だったのだが、幼いセラは母親の言葉を疑うこともなく、素直にそれを信じた。だから、自分が父親の顔は勿論、名前すらも知らないことを、不思議に思ったりもしなかった。
 もちろん、自分が王女と呼ばれるようになるなんて、夢にも思わなかった。
 ……今にしてセラは思う、母のあれは、残酷な現実よりも、ずっと優しい嘘だったのだと。
 セラの母親の名は、シンシアといった。
 亜麻色の髪に緑の瞳の、平凡なセラとは余り似ていない華やかな顔立ちの、綺麗な人だった。
 娘が物心ついた時には、お針子をしていた母が、それまで一体、どんな人生を送ってきたのか、セラはよく知らない。
 母……シンシアは、自分の家族や生家のことも、どんな人生を送ってきたのかも、また父親のことも含めて、自分の過去のことは一切、娘に語ろうとはしなかったから。
 幼いセラは、それを少し疑問に思いつつも、子供心にそれは触れてはいけないことなど感じ、母にそれを尋ねようとはしなかった。
 それを尋ねることで、母に悲しい顔をさせるのも、母に嫌われるのも、幼い彼女には耐えれないほど辛いことだったから。
 ただ、これは母と同じお針子の女たちの噂話で耳にしたことなのだが、母のシンシアはきっと下級貴族か、それに近い富裕な家の生まれなのではないかと、そう噂されていた。
 容姿が美しいというだけでなく、母のシンシアの振る舞いや言葉には気品と優雅さがあって、それは意識してのものではなく、自然な、生まれついてのもののようだったからだ。
 お針子たちの間では、シンシアは駆け落ちか何かをして、実家に戻れなくなった下級貴族の娘か何かかもしれないと、おもしろ半分に、少しばかりの悪意をこめて噂されていた。
 噂の真偽はともかくとして、そんな噂ゆえに、母は己の過去ついて何も語らなかったが、お針子の女たちの中では、母は少々風変わりな存在と見られていたようだ。
 そんな母親と、セラはずっと二人で暮らしていた。
 母子二人の生活は、お世辞にも豊かとは言えず、はっきり言って貧しかった。
 特に生活が厳しい時は、日々の食事すら満足に取れず、幼い頃のセラは周りの同じ年の子供たちと比べても、かなり痩せていて、顔色も悪かった。
 栄養が足りていないせいか、やや体が弱く、小さな頃はよく熱を出した。貧しさゆえに、医者を呼ぶことも高価な薬を買うことも出来ずに、ただ寝込んでいることしか出来なかったが……。
 そんなセラの姿を見るたびに、母のシンシアは痛ましげな表情をしていたものの、それを何とか出来るような力も、何よりお金がなかった。
 しかし、そんな傍目にも貧しい、苦しい生活だったのにも関わらず、セラたち母子は一つの場所に長く住むことはなく、たびたび引っ越しを繰り返した。
 セラの記憶に残っているのは、母に手を引かれて、短い期間とはいえ住んだ家を離れて、知らない場所へと向かう、幼い自分の姿である。
 長い時で半年、短い時は数ヶ月、同じ場所で暮らすのを厭うているように、まるで何かから逃げているように、彼女たち母子は頻繁に住処を変え続けた。
 他人には、わからないだろう。しかし、セラとシンシア、彼女たち母子には、そうするだけの理由があったのだ。
 同じ場所に長く留まることのない生活の中では、親しい知人を作ることは、難しい。
 そんな生活を送っていた幼い頃のセラには、同世代の友達は少なく、たまに親しくなっても、すぐにその場所を引っ越し、友人とまで呼べぬうちに離れてしまうのが常だった。
 そんな孤独な日々を送る、幼い子供……セラにとって、母親のシンシアこそが世界の中心だった。
 小さな、どこか寒々しい空気の漂う家の中で、母と幼い娘はひっそりと寄り添うように生きていた。
 お互いの心に、どこか空虚なものを抱えながら。
 幼いセラにとって、母親は愛情と優しさと……そして、冷ややかさと恐怖の象徴だった。
 普段、母は柔らかな手でセラの頭を撫でてくれる。
 悲しい時や寂しい時、優しく抱きしめてくれる。
 眠れない夜、その綺麗な声で、子守歌を歌ってくれる。
 そんな母のことが、セラはとても好きだった。だが、時折、好きなはずの母が、どうしようもないほど怖くなる瞬間があったのだ。
 普段、優しい母は、時折、ゾッとするほど冷たい目を、深い憎しみすらこもったような目を、セラへと向けた。
 別に、ひどい言葉をぶつけられたわけでも、母に何かされたわけでもない。
 でも、それでもセラは、その母の冷ややかな目が、娘への憎しみすら感じられるそれが、怖くて、怖くて……言いようもないほど、苦しかった。
 本当はアンタなんか愛していないと、どんな言葉よりも雄弁に、その緑の瞳が語っていたから。
 ――そんな母子の、どこか歪な関係に変化が訪れたのは、セラが十になる少し前のことだった。
 その頃、彼女たち母子は下町の小さな家で、珍しく、一年半もの間、同じ場所で暮らしていた。
 相変わらず、生活は貧しく、近所も決して豊かとは言えない貧しい家が多かったが、しかし、そうであるからこそ人々が協力し、助け合って生きているような場所だった。
 近所の人々は、明らかに何か事情のありそうなセラたち母子にも、あたたかく、昔からの知り合いであるかのように、親切に接してくれたのである。
 彼らは皆、貧しくはあっても、隣人への優しさを失わず、日々をたくましく、真面目に懸命に生きている人たちだった。
 そこに住んだことで、セラたち母子もようやく、穏やかな生活を送ることが出来た。
 セラにも少しづつではあるが、一緒に遊ぶ友達が出来て、いつも何処か影のあった母のシンシアも、よく笑うようになった。
 それは、束の間の幸福であったかもしれない。いつか、終わることが決まっていた、幸せな時間だったのかもしれない。でも、かけがえのない大切な時間だった。
 いつも重苦しい空気に包まれていたセラの子供時代の中で、その時だけが唯一、母と娘が共に笑えた、穏やかで幸せな時だったのだから。
 彼女たち母子が、近所に住んでいた大工のジェイクと知り合ったのは、そんな時だった。
 母のシンシアより少し年上らしいジェイクは、熊のような大男で、一見、とても怖そうな人なのだが、その性格は穏和で優しく、面倒見の良い人だった。
 腕と人柄の良い大工として、大人から子供まで、近所の人々に信頼され慕われていた。
 数年前に、妻と幼い娘を亡くしたというジェイクは近所で一人で暮らしていたのだが、面倒見の良い性格ゆえか、頼る者のいないセラたち母子に親切にし、いろいろと世話をやいてくれた。
 今にして思えば、あれはただの親切心というだけでなく、喪ってしまった妻や幼い子を、セラたち母子に重ねていたのかもしれない。
 そんなジェイクのことを、セラがジェイクおじさんと呼んで、懐くようになるまで、そう長い時間はかからなかった。
「ジェイクおじさん!」
 そう呼びかけると、セラは家にやって来たジェイクの元へと、うれしそうに駆け寄った。
 ジェイクは優しい笑みを浮かべると、その大工としての日々で鍛えられた太い腕で、駆け寄ってきた亜麻色の髪の幼い少女を、軽々と抱き上げる。
 そんな二人の姿は、血の繋がりはなくとも、仲の良い父娘のように見えた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?セラ」
「うん」
 ジェイクの問いかけに、セラは笑顔でうなずく。
 いつの頃からか、月に何度か家を訪れるジェイクに会うのが、彼女の何よりの楽しみになっていた。
 セラは父というものを知らないが、もし父親がいたら、こんな感じかな、と想像する。
 ジェイクおじさんを前にして、そう考えるのは、ちょっと照れくさかった。
「それは良かった……ああ、そうだ。セラ。ちょっと、口をあけてみろ」
 軽々と抱き上げていたセラを、そっと床におろすと、ジェイクはそう言った。
「……ん?」
 何だろうと思いつつ、セラが言われるままに口を開けると、口の中に何かが飛び込んでくる。
 ……甘い。
 飴だ。
 一瞬、驚いたような顔をした後、にこにこと幸せそうな顔で飴をなめるセラに、ジェイクは笑いながら言う。
「知り合いからもらったんだが、ウチにあっても、しょうがないからな。子供は、甘いものが好きだろう?近所のちびっ子どもにもあげたんだが、セラにもと思って、もってきたんだ……うまいか?」
「うん!美味しいよ。ジェイクおじさん」
 甘いものは大好きながら、決して豊かとは言えないセラの家庭では、甘いお菓子など、いつも口に出来るものではない。
 しかし、母が女手ひとつで、苦労しながら自分を育ててくれているのを知っているセラは、そんな暮らしに不満を口にしたことはなかった。
 でも、そんな自分に甘い菓子をもってきてくれたジェイクの気持ちがうれしくて、彼女は「甘い!」と無邪気に笑う。
「そうか。うまいか……良かったな」
 ジェイクはそう言って、厳つい顔をくしゃと緩めると、そのゴツゴツした岩のような大きな手で、壊れものにさわるように優しく、セラの頭を撫でる。
 幼い彼女にはわからなかったが、それは喪ってしまった彼の娘と、セラを重ねる行為だったのかもしれない。
「ジェイクさん」
 その時、台所にいたシンシアがやって来た。
「お母さん」
「シンシアさん」
 セラが母の方を振り返るのと、ほぼ同時に、ジェイクがシンシアさん、と母に呼びかけた。
「ジェイクさん」
 男に向かって、ジェイクさんと呼びかける時の母の表情は、少し複雑そうなものだった。
 迷うような、ためらうような、そんな表情だ。
 ジェイクは、シンシアさんと呼びかけながら母を見つめると、穏やかな、だが真剣な声で尋ねる。
「……シンシアさん。この間の話、少し考えてみてくれましたか?」
 そのジェイクの言葉に、セラは母の方を見た。
 十にもならない子供のセラであっても、ジェイクおじさんが母・シンシアのことを好きなのだということは、よくわかっていた。
 そうでなければ、いくら面倒見の良い人といっても、いろいろと栄養のつくものを差し入れたり、月に何度も、彼女たち母子の家を訪れたりはしまい。
 家族を亡くして、さびしかったこともあるだろうが、それだけなら、そこまでしなかっただろう。
 不幸にも亡くしてしまった妻子のこととは別に、ジェイクおじさんは本気で母に、シンシアに恋していたのだと、セラは思う。だから、自分と結婚してほしいと、母に言ったのだ。
「ジェイクさん……私たち母子に、本当に親切にしていただいて、娘のセラを可愛がってくださって、いつも感謝しています。ただ、この子の……セラのこともありますし、もう少しだけ考えさせてもらえますか?」
 お願いします、と母は言った。
 ジェイクの母への好意は明らかだったが、母がジェイクのことをどう思っていたのか、幼かったセラには、よくわからなかった。
 母はあまり、感情を表に出す人ではなかったから。
 ただ、淡い好意のようなものは抱いていた気がする。
「ええ、構いません。シンシアさんが、迷うのは、そりゃあ当然のことですよ。俺も一度……大切な家族を、いっぺんに失っちまった人間です。だから、シンシアさんの気持ちもわかりますし、無理にゃあ言いません……だけど、良かったら、考えてみてもらえませんかね?」
 決断を急かす風でもなく、ジェイクは言う。
「ジェイクさん……」
「俺は無学な男で、シンシアさんのような人には釣り合わねぇでしょうが……うんと言ってもらえれば、嫁さんに苦労させねぇ程度の甲斐性はあるつもりですし、セラのことも自分の子供だと思って大事に育てます」
 流暢さや洗練された雰囲気は欠片もなく、どちらかと言えば朴訥で芸のない、だが、誠実な人柄が伝わってくるようなジェイクの言葉に、母のシンシアは心を動かされているように、セラの目には映った。
 しかし、母は、はいともいいえとも言わなかった。
「……ごめんなさい。もう少しだけ、時間をもらえますか?ジェイクさん」
 もう少しだけ考える時間をください、と言った母に、ジェイクはわかっていると風に、あるいは場を和ませようとするように、明るい口調で続ける。
「シンシアさんが、そう言うなら、いつまでも待ちますよ。俺は学のねぇ男ですが、幸いなことに、体の丈夫さと気の長さには自信があるもんで」
「ジェイクさん……ありがとうございます」
 そう言って、母のシンシアが柔らかな微笑みを向けると、ジェイクは照れたような表情で「それじゃあ、また……」と言って、セラたち母子に背を向けて、扉に手をかけた。
「ねぇ、お母さん……お母さんは、ジェイクおじさんと結婚するの?」
 ジェイクが帰った後、セラは母親にそう尋ねた。
 そうなったらいい、そうなってほしいと、密かに願いながら。
「さぁ、どうかしら……ジェイクさんは優しい人だけど、わからないわ」
 娘の問いかけを、母のシンシアは否定もしなかったが、肯定もしなかった。
 それが、難しいことは、彼女が一番、よくわかっていたからだろう。
 セラの背負うものの重さを思えば、そう簡単に、ジェイクの言葉にうなずけるはずもなかったし、それが叶わない願いであろうことは、母も子もわかっていた。
 ほんの子供ではあるが、セラだって、それはわかっていた。
 いや、わかっているつもりだった。
 ただ、セラは夢を見たかったのだ。穏やかで、幸せな家族の夢を……叶わない夢だとしても、それぐらいのワガママは、許されてもいいはずだった。
 でも、それが、あんな悲劇を呼び寄せることになるなんて、幼かったセラは想像もしなかったのだ……。
 ――それは、よく晴れた日のことだった。
 どこまでも綺麗な、晴れ渡った青空……。
 あの日の空の色を、セラは一生、忘れないだろう。あの青空が、絶望に塗り潰された瞬間を!
 初夏の、天気の良い日のことだ。
 その日、大工のジェイクおじさんは、高い屋根に上って、屋根の修理をしていて、セラと母はその様子を下から見ていた。
 何事もなければ、それは、すぐに終わるはずの仕事だった。
 ――その瞬間、屋根の上にいたジェイクが体勢を崩して、そこから落ちなければ!
「……っ!」
 突然すぎて、セラは悲鳴を上げることすら出来なかった。
 幼い彼女の翠の瞳に映ったのは、青い空、高い屋根、そこから落ちていくジェイクおじさんの姿……。
 ああ、落ちる。
 落ちる。
 ジェイクおじさんが、落ちていく……。
 誰かが高い悲鳴を上げたのも、ジェイクの体が地面に叩きつけられる鈍い音すら、その時のセラには現実のものとは思えず、どこか遠い世界のもののように感じられた。
 ……これは、本当に現実なのだろうか?
 全部、あたしの悪い夢なんじゃないだろうか、そう思ってしまうほどに、目の前の光景には、現実感というものが欠落している。でも……
 地面に倒れたままピクリとも動かないジェイクが、その体から流れ出るおびただしい量の赤い血が、それが紛うことなき現実なのだと、どんな言葉よりも残酷に、セラに教える。
「ジェイク……ジェイクおじさん……」
 セラの唇から、乾いた声がもれた。
 周囲に響く、悲鳴と怒声。
 わらわらと寄ってくる近所の人や野次馬たち、「医者を呼べ」「駄目だ、死んでる」と囁く人々の声……どれもこれも、悪い夢のようだ。
 どうして……?と、セラは声にも出せず、心の中で呟いた。
(……どうして、ジェイクおじさんは動かないの?)
(……どうして、そんなに血を流しているの?)
(……わからない、わからない……わからないっ!)
 視界が真っ暗に塗り潰されるような、世界から音が消えるような、そんな気がした。
「……セラ」
 その時、隣にいた母が、セラの名を呼んだ。
「お、お母さん……」
 冷ややかな、まるで感情の抜け落ちたような母の声に、セラは血の気の失せた青白い顔で、母の、シンシアの方を向く。
 そんな彼女の翠の瞳に映ったのは、自分と同じくらい青白い顔をして、氷のような凍てついた緑の瞳で自分を見下ろす、母の姿だった。
 お、お母さん……と震える幼い娘に、母は蒼白な顔で唇を震わせながら「……セラ」と名を呼ぶと、全ての感情が抜け落ちたような、ひどく虚ろな声で言う。
「セラ……今のは、貴女が、貴女がやったの?」
 虚ろな、底なし沼のような虚無すら感じさせるような、母の声と瞳に、セラは「あ……」と言ったきり、言葉を失う。
 違う!と言いたいのに言葉にならず、声すらも出ないのは、母の言葉が真実であると、心のどこかで理解していたからだろう。
「……ジェイクさんは、今のは、貴女がやったの?……セラ」
 母はもう一度、同じ問いを繰り返した。
「あ……」
 何も言えないセラの左腕を、答えなさいという風に、母が強く握る。
 肌に立てられた爪の痛みに、セラは顔をしかめたが、母の手が緩むことはなかった。
 その代わり、母はどこまでも凍てついた緑の瞳で、呆然とするセラを見下ろすと、何かに耐えるように唇を噛んで、幼い娘に向かって右手を振り上げた。
「セラ……貴女さえ……っ!」
 振り上げられた母の手と、ひどく苦しげな母の表情を、セラは呆然と見つめていた。
 ぶたれるだろう。
 それは、わかっているのに身動きすら出来ない。
 しかし……結局、振り上げられた母の手が、セラの頬を打つことはなかった。
「……っ」
 母はひどく苦しげな表情で、振り上げた手を下ろす。
 そして、反対側の手でセラの手を握ると、幼い娘の手を引いて、その場から足早に歩きだした。
 まるで、何かから逃げるように、その場から立ち去る。
 セラは一度だけ、地面に倒れているジェイクおじさんの方を振り返ろうとしたが、有無を言わさず、自分の手を引っ張る母の強い力に、それを諦める。
「ジェイ……」
 ああ、そっか。ジェイクおじさんは、死んじゃったんだ。あたしのせいで……
「……」
 セラは黙って、母の手を離さないように握りしめると、ただ歩き続けた。
 ごめんなさい。ごめんなさい……ジェイクおじさん……と胸の内で繰り返しながら。
 そうすることしか、幼い彼女には出来なかったから。
「……」
 前を歩く母の背中を、翠の瞳で見つめながら、セラは「ごめんなさい……ごめんなさい。お母さん!」と、心の中で叫んだ。
 ……今のセラならば、わかる。
 あの時、「貴女さえ……っ!」と叫んだ母の言いたかったことは、貴女さえいなければ、だったのだろう。
 でも、それを言わなかったのは、母に残された精一杯の、愛情であったのだろうと。
 しかし、過去の幼いセラはそんなことは考えられず、ただ前をいく母の背中を追いかけた。
 母に憎まれることを、母に置いていかれることを恐れて、セラは夢の中で、届かない母の背に、必死に手を伸ばした。
 ……お母さん……ごめんなさい。良い子になるから。もう誰も不幸にしないから。だから、お願いだから、あたしを憎まないで、嫌わないで、あたしを許して……お母さん……
「――あ」
 頬を涙がつたう感触に、セラは「……あ」と声を上げ、ゆるゆると瞼を上げた。
 ……どうやら夢を見ていたようだ。
 涙でうるんだセラの翠の瞳に映るのは、窓からほのかな月光が差し込むだけの薄暗い、自分の寝室である。
 窓から差し込んでくる月光と薄暗い部屋に、まだ夜明け前らしいと思いながら、セラは絹の寝衣の袖で、涙にぬれた目元をぬぐう。
 そうして、寝台の上で半身を起こすと、切なげな声で呟いた。
「……母さん」
 あの日から、七年……いや、もうすぐ八年近い歳月が流れようとしているのに、セラは未だあの日のことを夢に見る。……己の罪からは逃げられない。逃げることは許されないのだというように。
 現実のセラは十七歳で、もう幼い子供とはいえないのに、夢の中では彼女はいつまでも幼い子供のままで、母に許しを乞うている。
 ごめんなさい。お母さん……あたしを嫌わないで、憎まないで、許して、あたしを愛して……と。
 母は、もういないのに。
「……」
 セラは目を伏せると、左の寝衣の袖を、そっとめくり上げた。
 その左腕には、黒い鎖が巻きついていた。
 ……いや、正確には、本物の鎖ではない。
 まるで鎖のような、鎖そのもののような、黒いアザのような模様が、少女の白い肌にぐるぐると幾重にも巻きついている。
 それは、装飾品の類でも、また刺青でもない。
 鎖の部分だけ、肌の色が黒く染まっているのだ。
 ――まるで、罪人の証のように。
「……大丈夫」
 セラは震える指で、己の左腕に巻きついた黒い鎖のようなものに触れると、大丈夫……と、己に言い聞かせるように言った。
 そう、まだ大丈夫だ。
 セラは、まだ狂ってはいない。
 この呪いが、彼女の身を心を食い潰すまでには、まだ少し、時間があるはずだった……。
「大丈夫……まだ時間はある……」
 震える両腕で、己の肩を抱きながら、セラは自分に言い聞かせた。
 大丈夫だ。
 そう長くはないかもしれないが、自分にはまだ、時間がある。
 この身が、この心が、呪いに食い潰されるまでに、“鍵”を見つけられれば、そうすれば、そうしなければ、あたしは……
「……っ」
 冷たい寝台の上で、たった一人、セラはこみ上げてくる震えと孤独に耐え続けた。
 ――夜明けは、まだ遠い。


「……おはよう。ルーファス」
 その日の朝、珍しく朝の弱いルーファスよりもやや遅れて、朝食の席に現れたセラの顔を見たルーファスは、少しばかり驚く。
 彼はしばしの間、朝の挨拶を返すこともせず、その蒼い瞳で「おはよう」と言ったセラの顔を、まじまじと見つめた。
 普段、ルーファスの目から見たセラは、一体、何がそんなに楽しいのかと、彼からすれば少々疑いたくなるほどに、ふわふわとした微笑みを浮かべていることが多いのだが、今のセラの表情は、普段のそれとはかけ離れたものだった。
 青を通り越して白い顔に、泣きはらしたような真っ赤な目、周りを心配させまいと思ってか、唇だけは健気に笑みの形を作っているが、明らかに、それぐらいで取り繕えられるような状態ではない。
 むしろ、無理をしているのが、こちらに伝わってくるだけ、かえって痛々しい。
 普段との落差があるから、余計にだ。
 見るに耐えないという程ではないにしろ、控えめに言っても、今のセラはひどい顔だった。
 そんなセラの顔を見たルーファスは、「おはよう」という挨拶の代わりに、本人としては当然な、他人から見れば少々、直接的すぎる言葉を吐く。
「セラ……何があった?顔色は死人みたいだし、いや、死人の方がマシか……俺が、どう慎重に言葉を選んだところで、ひどい顔としか表現できない顔をしているが?」
 セラはルーファスの向かいに、白いテーブルクロスの上に整然と銀食器が並んだ、そこの椅子に腰を下ろすと、彼の問いかけに小さく首をかしげ、「……え?そう?」と何事もないように振る舞う。
 ……下手な嘘をつく女だと、ルーファスは心中で毒づいた。
 嘘をつくな、常に正直であれ、などと信仰厚い司祭のようなことを言うつもりはないが、嘘をつくならつくで、もう少しマトモな嘘をつけと言いたい。
 賢い女というわけではないにしろ、愚かな女でもないだろうと、彼は思うのに。
「……え?そう?そんなに顔色とか、悪い?別に、あたしはいつも通りだよ。ルーファス」
 意地になっているわけでもないだろうが、あくまでも何でもない風に振る舞うセラに、ルーファスは少々意地の悪い声で言う。
「貴女が、そう言い張りたいのならば、俺はあえて止めはしないがな。セラ……今、鏡を見たら、二度と同じ言葉は吐けないだろうさ」
「……そんなに、ひどい顔をしてる?」
 自信なさげな顔をするセラに、ルーファスは、ああ、とうなずく。
「ああ。鏡を見たら最後、何でもないとは、二度と言えないだろう……貴女が望むのなら、賭けてもいいが?」
「ううん。いい……よくわかったよ。ルーファス」
 セラは、はぁ、とため息をつくと、「……大したことじゃないよ」と言う。
「……本当に、大したことじゃないよ。ただ、昨日の夜、ちょっと昔の夢を見て、その夢見が悪かったの……それだけ」
「……昔の夢?」
 たかが夢と、ルーファスは言えないし、笑えない。
 悪夢に囚われているのは、過去から逃れられないのは、彼も同じであるのだから。
「うん。それだけ」
 しかし、そんな彼の事情を知る由もないセラは、朝から辛気くさくしてしまってごめんなさいと、相変わらず、ひどい顔色ながら、言葉と表情だけは明るく、もう大丈夫だと言う。
 その、弱い部分をみせまいとするかのようなセラの態度に、表情にこそ出さなかったが、ルーファスはわずかな苛立ちを覚えた。
 形式上は彼の妻であるセラは、謎だらけ、理解できないところだらけな少女ではあるが、その中でも、こういうところが一番、理解に苦しむ。
 己の弱い部分を、他人に隠そうとするのは、彼にも理解できる。
 ルーファス自身、他人どころか血の繋がった身内の前でさえ、己の心情を吐露したことは一度もない。しかし……
 なぜ、辛い時に無理をしてまで、セラは笑おうとするのか?
 周りの干渉を拒むように、心を隠して、明るく振る舞おうとするのか?
 理解できない部分は数あれど、中でもセラのそういうところが、ルーファスには理解できないし、わからない。
 ……きっと、彼には一生、わからないだろう。
 わかりたいという気持ちを持たず、わかるための努力もしていないというのに、なぜか苛立ちにも似た複雑な感情が、ルーファスの胸を支配する。
 しかし、彼はそんな己の感情と正面から向き合おうとはせず、いつかのように気のせいだと切り捨てる。
 妻ではあっても、ルーファスはセラのことを、女として愛しているわけではない。
 愛してもいない女のことで、頭を悩ませるなど、愚の骨頂というべきか、ひどく無駄なことだ。
 そう結論づけると、ルーファスは冷めた声で、セラに尋ねる。
「……それだけか?」
「それだけだよ」
 ルーファスの問いかけに、セラは迷いなく、うなずく。
 彼女がそう言うならば、そうなのだろうと、ルーファスは深く考えることを放棄した。
 それ以上、踏み込む気は、彼にはない。
 自分たちは、夫婦であるとはいえ、心を許し合うような関係ではないのだから。
「……それより、今日はあの男の子、ミカエルはいないの?ルーファス。いつも、貴方のそばにいるのに」
 やや重い空気を変えようとしてか、セラが話題を変えた。
 食事の際、いつも給仕をしている従者ミカエルが今、朝食の席にいないことを、少しばかり奇異に思ったのだろう。
 周囲を見回して、あの男の子はいないの?と尋ねたセラに、ルーファスは「ミカエルなら、俺の用事で、他家に使いに行かせてる」と答える。
「ミカエルなら、俺の用事で、他家に使いに行かせてる。そう遠くもないし、午後には戻ってくるだろう」
「あ、そうなんだ」
「それはそうと……貴女は、その状態で、まともに食事を取れるのか?セラ」
 先ほどよりは、幾分マシとはいえ、相変わらず、青白いセラの顔を見ながら、ルーファスは言った。
 そのひどい顔色で、無理に食事をしたところで、せいぜい吐き気に苦しむくらいが関の山だろう。
 暗に、そんな意味をこめた問いかけに、セラは「う……」と呻いて、いささか情けなさそうに首を横に振る。
「う……無理かも」
「そうだろうな……ソフィー!」
 最初からわかっていた答えに、軽くうなずくと、ルーファスは「ソフィー!」と女中頭の名を呼んだ。
「はい。何か、ご用でしょうか?旦那様?」
 そのルーファスの声に応えて、厨房で朝食の支度をしていた、女中頭のソフィーがやってくる。
 金髪碧眼、人の良さそうなソフィーの顔立ちは、幾分、ふくよかではあるものの、叔母と姪というだけあって、メリッサとよく似ている。
 また容姿もさることながら、明るく面倒見の良い気質も、またお喋り好きなところも、この女中頭の叔母と女中の姪はよく似ていた。
 何かご用でしょうか?旦那様と、そう尋ねたソフィーに、ルーファスは「ああ」とうなずいて、「悪いが……」と続けた。
「悪いが、何か喉越しの良さそうなもの……果実水か何かを、持ってきてくれるか?ソフィー……セラが、食欲がないそうだ」
 ルーファスの言葉を最後まで聞き終わる前に、ソフィーはセラの方を見て、「おや、まあ!」と高い声を上げた。
「おや、まあ!そんな青い顔をなさって、どうされたんです?奥方様!」
 奥方様の顔色の悪さに驚く女中頭に、さっきよりは幾分、気分がマシになってきたセラは、大丈夫だというように、首を横に振った。
「あ、ううん。もう大丈夫よ。ソフィー……えっと、ほんの少し、寝不足なだけだから」
 セラは正直にそう言ったのだが、そう言う奥方様の目が赤く、また泣いたように腫れぼったくなっているのを見たソフィーは、その言葉を信用せず、「旦那様……」と疑惑と非難の混じった眼差しを、ルーファスへと向けた。
 まるで、セラが泣いた原因は、彼にあると言わんばかりだ。
 少年時代から、ルーファスの素行をよく知る者からすれば、それも仕方のないことだろう。
「旦那様……」
 しかし、今回に限っては、全く身に覚えのないルーファスにとって、女中頭のソフィーから向けられる、疑惑と非難の混じった眼差しは、迷惑以外の何者でもない。
 普段の己の言動を棚に上げるつもりはないが、身に覚えのない非難を受けることが、これほど不愉快だとは、今まで知らなかった。
 セラのそばに立って、自分に非難がましい視線を向けてくるソフィーに、いささかウンザリしつつ、ルーファスは言う。
「……俺は、何もしてない」
 身の潔白を訴えるルーファスの言葉に、ソフィーは「はぁ」とうなずいたものの、その疑惑に満ちた目を見れば、それをこれっぽっちも信じていないことは、明白だった。
 口に出さずとも、ソフィーの顔を見れば「何もしてない?男はみんな、そう言うんですよ。旦那様」と思っているであろうことは、考えるまでもなく、容易に察せられる。
 彼らの間にただよう微妙な空気に、誤解させてはいけないと、セラは慌てたように言う。
「あっ、違うの。違うのよ。ソフィー……ルーファスは関係なくて、昨日の夜、ちょっと悪い夢を見ただけだから、本当にそれだけなの。だから、誤解しないでね」
 誤解しないでね、とソフィーに言うセラは、心からルーファスを庇おうとしているらしいのだが、この場合は逆効果だなと、ルーファスはいささか達観気味に、天を仰いだ。
 セラに悪意の欠片もないことはわかってはいるが、彼女がルーファスのせいじゃないと言えば言うほど、彼を庇えば庇うほど、旦那様を見るソフィーの視線は、どんどん険しく、また冷ややかなものになっていく。
 どう考えても、逆効果だった。
 いっそ喜劇だな、とルーファスは諦め気味に思う。
 身分の差はあれど、姪っ子と同い年という気安さゆえか、ソフィーは最初から、主人の妻となったセラに好意的だった。
 最近は、徐々に親しくなってきたこともあり、余計にその傾向が強い。
 そして、それを今日ほど、恨めしく思ったことはなかった。
「……ええ。わかりましたよ。奥方様が、そうおっしゃるなら、きっとそうなんでしょう」
 ソフィーは「違うの。本当に、ルーファスのせいじゃないの」というセラの言葉に、うんうんと優しくうなずくと、慈愛に満ちた表情で、わかっていますよ、と言った。
 その女中頭の態度から、誤解されたままというか、それが更に悪化したことを、ルーファスは悟らざるおえなかった。
 ソフィーの頭の中では、自分は若い妻を泣かせる冷酷な夫で、セラはそんな夫を庇おうとする健気な妻……とでも思われているのかもしれない。
 想像通り、ではないにしろ、全く的外れというわけでもないだけに、文句を言おうとも思えないが。
 そんな彼の目の前で、ソフィーはセラに優しく語りかける。
「奥方様。夫婦だろうが、何だろうが、嫌なことは嫌って言っていいんですからね?男ってのは、女がちょっと我慢すると、すぐ図に乗りますから……ええ。そりゃもう、ウチの旦那もそうですから、わかります」
 放っておくと、まだまだ永遠と続きそうなソフィーのそれに、ルーファスは呆れ気味に果実水は?と、声をかけた。
「ソフィー……そんなことよりも、果実水を持ってくるように、さっき頼んだはずだが?」
 ルーファスの言葉に、ソフィーはようやく本来の仕事を思い出したのか、「ああ、そうでした。奥方様に、果実水ですね」と言うと、慌ただしく厨房の方へと戻っていく。
「……何か、誤解させちゃったみたいだね」
 そんな女中頭の背中を見送った後、苦笑を浮かべながら、セラは言う。
「ああ。迷惑なことにな」
 ルーファスの声から、彼の不機嫌さを感じ取ったのか、セラがすまなそうな顔をした。
「ごめんなさい。あたしとしては、そんなつもりじゃなかったんだけれど……」
 ルーファスは、いや……と首を横に振ると、淡々と、あくまでも淡々と言う。
「いや……別に、貴女のことを責めているわけじゃない。俺は明日から、妻を泣かせる冷酷な主人として、女中たち全員から白い目を向けられるかもしれないが……別に、貴女のせいだとは言うつもりはないから、気にしなくていい」
「うっ……」
 表情も変えず、あくまでも淡々と続けられる皮肉に、セラは「うっ……」と絶句した。
 怒られるよりは大分マシだが、これはこれで、地味にきつい……。
「それはそうと、俺は貴女に、ひとつ言っておきたいことがあるんだが……セラ?」
 言いたいだけ言って、一応、気が済んだのか、ルーファスは「それはそうと……」と話を切り出す。
「……言っておきたいこと?それって、何?ルーファス」
 首をかしげるセラに、ルーファスは言った。
「もしも、何か言いたいことや、不満があるのならば、俺に直接、言えばいい……自分のいないところで泣かれるのは、気分が悪い」
 そのルーファスの言葉に、セラは驚いたように、翠の瞳を丸くした。
 おそらく、冷たい印象を受けるほどに整った顔立ちのせいもあるだろう。
 ルーファスの表情からも、声からも言葉からも、わかりやすい優しさは感じられない。けれども、その素っ気ない言葉の裏にあるものは……
「……もしかして、泣いてたから、心配してくれてるの?」
 ひょっとして……と、そう思いながら尋ねたセラに、ルーファスは不快そうに眉を寄せる。
「……今の会話を、どう解釈したら、その結論に行き着く?」
 ルーファスの声は、やや呆れた風ではあったものの、それに否定の響きはなかった。
 そんな些細なことが、わけもなく嬉しくて、セラは小さく笑う。
「……なぜ笑う?」
 セラが笑うのを見て、ルーファスはますます不可解そうな表情を浮かべた。
 理解できん、とでも言いたそうな彼に、セラは「うれしくて……」と答えて、柔らかく微笑む。
「うれしくて……そんな風に、誰かに心配してもらったのは、母さんが亡くなってから数年ぶりだから」
 それは、セラの正直な気持ちだった。
 自分のことで心配や迷惑をかけてしまって、ルーファスや屋敷の皆に、申し訳ないという気持ちは、どうしたって捨て去ることは出来ない。
 でも、そう感じるのとは別に、誰かに心配してもらえるのは、うれしいとセラは思う。
 心配してくれるのは、少しは自分のことを気にしてくれているからだと、愛されてはいないにしろ、嫌われても憎まれてもいないのだと、そう信じられるから。
 ……それだけでいい。
 それ以上を望むのは、贅沢というものだ。
「貴女は……」
 何かを言おうとして、結局、ルーファスは何も言わなかった。
 言うべき言葉が、思いつかなかったからだ。
 同情も憐憫も、自分たちの関係には、似合わない。
 しかし、その代わりに何を口にするべきか、今の彼にはわかりかねた。
 そうこうしているうちに、会話の少ないまま食事は終わり、ルーファスは王宮へと向かうべく、さっと席を立つ。
 席を立った彼に向かって、先ほどよりは顔色のよくなったセラが、「いってらっしゃい」と声をかけた。
「……ああ」
 その時に見た、セラの淡い微笑みが、少し目を離すと何処かに消えてしまいそうな儚げな雰囲気が、ルーファスの胸に、小さなトゲのような痛みをもたらす。
 気のせいとも思える、その小さな痛みは、しばらくの間、彼の胸から消え去ることがなかった。


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