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四章  過去と復讐  14


 反撃の手段を奪われても、呪術師の女は不遜な態度をつらぬき、依頼人の名を吐こうとはしなかった。
 美しい脚線をさらし、高々と足を組んだ黒髪の女は、パイプを咥え、ぷわり、紫煙をくゆらす。
 右をルーファス、左をハロルド、二人の男たちに挟まれながらも、呪術師の表情には、どこか愉快がるような色があった。
 ふわり、紫煙が流るる。
 ルーファスが、鬱陶しげに形の良い眉を顰めた。
 硬質な美貌の男の、露骨な変化が、面白かったのか、呪術師の女はくく、とかすれた笑い声を上げると、赤い爪を戯れにルーファスへと伸ばす。
「いい加減にしろ……っ!」
 一向に態度を改めようとしない女を、ハロルドが低い声で一喝する。
 ルゼ伯爵家の令嬢・アンジェリカにかけられたという呪い、それは、どんなものなのか。依頼人は。一体、何の目的で……?
 懐柔するように柔らかく、あるいは詰問口調に変えてみたところで、呪術師の女は意味深に嗤うだけで、はぐらかしにも程があった。おまけに、暇潰しのように、媚を売るような艶めいた微笑を浮かべ、ルーファスにちょっかいをかける。
 己の立場も弁えず、そのような行為を繰り返されれば、いかに温厚な騎士の忍耐にも、限度というものがある。
「ああもう、埒があかん……」
 ガシガシと燃ゆる炎にも似た髪を掻き上げ、苛立ちを露わにするハロルドとは対照的に、ルーファスは「依頼人の名は?」と、幾つか尋ねたのみで、声を荒げる素振りも見せなかった。当然、呪術師の女はのらりくらりと話題を逸らし、正直に応じようとはしない。
 氷の公爵と称される青年は、そんな呪術師にふ、と唇を緩めると、壁に身を預け、意外にも穏やかな声で言う。
「ふむ、ならば質問を変えようか……依頼人の名はいい。動機は何だ」
 ルーファスの問いに、呪術師の女は小さく首を傾げ、どこかあどけなくも見える表情で、まじまじと男を見つめ返す。
 冷たく、どこか昏い目をした男が、己が目線に、表情ひとつ変えぬことに、女は濃い紅を塗った唇を吊り上げた。
 その蒼い瞳が、暗闇に光を透かすような、何とも複雑な色合いをしていたので、女は珍しいものを見せてくれた礼に、ひとつ、情報を与えてやることにする。
 復讐さ、と黒髪の女は胸を反らし、抑えたような声で笑った。
「……復讐、か」
 呪術師の女のそれに、ハロルドは怪訝そうに顔をしかめ、ルーファスは得心したように首肯する。
 アンジェリカを呪った依頼人の名も、素性も、彼は全く知らない。が、しかし、あの女の傲慢な性根を顧みれば、復讐、というのは何とも似合いの言葉に思えた。雪花石膏の肌、碧玉の瞳、極上の薔薇の如き姿ゆえに、棘を持つ、業の深い女だ。アンジェリカ。――それを、こんな形で知ることになるとは、何とも皮肉の一言に尽きるが。
 どういうことだ、と騎士が声を荒げるのを、片手で押し留め、ルーファスは一歩、呪術師の女に歩み寄った。女はあだっぽく笑み、何だい?色男さん、と探るような目を向けてくる。
 女の眼差しを受けた男は薄く笑って、問いを重ねた。
「以前、ある気に食わん魔術師が、こんな事をほざいていた。呪いには、対価となるものがいると……」
 金、想い、あるいは、命にも等しいもの……。
 その代償を、願いを叶える対価として、重いと思うか軽いと思うかは、人それぞれであろう。さて、
 ルーファスは無言の女に半歩、にじりよると、その褐色の首筋に、言葉の刃をひやりと押し当てる。
 アンジェリカを呪った者が、大切な何かを失ってまで望んだのは、己が一部を差し出したのは、一体、何であったのだろう。
「――呪いの対価は、依頼したソイツの記憶さ」
 喉元に不可視の刃を突きつけられた呪術師は、軽く肩をすくめ、諦めたように言った。
 さながら喘ぐように、吐息をこぼした拍子に、なめまかしい肌を、汗の一滴が伝う。
 呪いの対価に、差し出されたのは、彼の人の記憶――。たった一銅貨にすらならず、されど、この世の全てを手に入れた覇者が、万の金銀財宝を積もうとも、決して、手に入らぬもの。どれほど乞うたところで、二度と同じものは手に入らず、いずれ永遠に失われてしまう。
「記憶の一部を失うなんて、そんな甘いもんじゃないよ。少しずつ、少しずつ、ひび割れた箇所から、砂がこぼれ落ちるように……ソイツという存在は、失われていく。生きながら、日々、地獄を味わうのさ」
 止めようたって、最早、手遅れさ、と女は嘲笑った。
 己の生きてきた軌跡も、大切な人々の記憶も、忘れ難い想いも、全て。そう遠くないうちに、呪いの対価として奪われ続け、やがて、廃人とかすのだと……。
 逃れようもない、残酷な未来を語る呪術師に、よく事情を知らぬハロルドも表情を険しくし、ルーファスは愚かな、と独語し、微かに目を伏せた。
 呪いなどという、下らぬ手段に頼った者に対して、怒りよりも、むしろ、憐れみにも似た感情が先に立つ。――どのような輩か知らぬが、随分と、馬鹿らしい真似をしたものだ。己というものを失ってまで、為しえた何かに、何の意味がある?
『駄目なの。駄目。呪いを実らさせちゃいけないの。絶対に。呪いは皆を不幸にしてしまうから、誰も救われないから、ずっと、ずーっと悲しみと不幸の連鎖が、続いてしまうから……いつまでも、いつまでも、悲劇を重ねてしまうから。ずっと、ずっと、何百年も――』
 泣きそうな顔で、そう繰り返しながら、冷え切った肩を抱いていたセラの横顔が、頭をよぎる。小さく震える肩が、迂闊に触れれば壊れそうな華奢な身体が、頬を伝う涙の痕が、潤んだ翠の瞳が、ルーファスの胸中に、鈍く、だが、消え去ることのない痛みをもたらす。指先で、涙をぬぐって、同時に、ぐちゃぐちゃに啼かせてやりたいと思う。
 その心の中を暴き立てて、喉笛に、二度と癒えぬ爪痕を刻んでしまえたら……。あの娘は、何を抱えている?呪いとは、何なのだ。
 ルーファスの胸中を伺うことなど、叶わぬくせに、呪術師の女は見透かしたように嗤い、ふと、寂しげな目をして、何処か遠い場所を仰ぎ見る。憐れむように、いとおしむように、伸ばしかけた手は、虚空でさまよった。何も掴むことなく、手はだらり、と下がる。もうすぐ。
「いずれ……あたしと話したことさえ、忘れていくんだろうね」
 死んだ妹の復讐をするのだと、暗い目で語った、若い男。
 薄暗い思いを抱えながらも、そのハシバミの瞳は真摯で、狂おしいほどの熱を帯びていた。刹那、胸をよぎった感傷を、何と呼ぶのか、呪いと色を生業とする女は知らない。同情というには淡く、ただの客に向けるには、つまらぬ情を。
 馬鹿な男だよ、と呪術師は独りごちる。
 あのフレッドという青年は、結局、自ら女に触れようとはしなかった。身を食らい尽くす程の孤独と、失われていく恐怖に溺れながら、ただの一度も……。馬鹿な男だよ、ほんと。二度目のそれは、音にはならなかった。

 
 呪術師の女を連れて行って、事情を聴くというハロルドと、もう一か所、寄るべき場所があるルーファスとは、騎士団の門の前で別れることになった。
 別れ際、赤髪の騎士は、「ルーファス」と男の背に声を投げかける。
 高い影がゆらり、と振り返った。
「何だ……?」
 こちらに鋭い視線を投げかけてくる男の、ルーファスの凍えた空気に、刹那、気圧されるようなものを感じつつも、ハロルドは唇を噛み、気をつけろよ、と乱暴な口調で言う。
「無茶するな、と言っても無駄だろうが……最低限、用心はしろ。つまらぬことで命を落としたら、王太子殿下の名折れだ」
 駆け寄ってきた二人の部下に、呪術師の女の身柄を預けた騎士隊長は、尚もクドクド、とルーファスを説教しようとしたが、途中で、徒労だと気付いたのか、くしゃ、と髪を掻き上げる。笑えるぐらい、髭の似合わぬ、だが、真っ直ぐな目をした騎士を見つめ返して、黒髪の青年は「俺が、そんなヘマをするとでも……?見かけによらず、心配性な男だ」と、らしくもない軽口を叩く。
 並みの男が言えば、滑稽にしか感じぬであろうそれが、不思議と様になる男を、ハロルドは苦々しく思いつつも、ついつい口を挟まずにはいられない。
「この自信過剰男が……っ!そんなのは、もっと、周りを見てる人間が言える台詞だ!」
 冴えた刃のようでありながら、どこか危うい空気を併せ持つ、ルーファス=ヴァン=エドウィンという男を、その強引さを苦々しく思いつつも、なんとなく放っておけず、兄弟や部下に対するように、つい世話を焼いてしまう。その背中に差す、鮮烈な光を知っていてもなお。
 まったく可愛げのない弟のようだと言ったら、この美貌の男はハン、と冷たく鼻で嗤うのであろうが――。
「今日は、いつもに増して、口うるさいな。ハロルド……いや、いつも通りか」
 案の定、人の神経を逆なでするような言動を取ってくるルーファスに、休暇を潰された騎士隊長は、くわっと大口開けて怒鳴った。
「人の大事な休暇を潰しておいて、どの口が言うか、この阿呆……っ!俺の休暇を返せっ!――――っ、まぁ、いい。とにかく、なるだけ無謀な真似はするなよ!わかったな!」
 奥方を、あまり心配させるな。ちゃんと聞いてるのか、公爵様……と続けられたそれが、耳に届いたか否や、ルーファスは「善処はしよう」と、うなずく。
 それが、信用に値するかはともかく、赤髪の騎士は渋い顔で、「最初から、そう言えばいいんだ」と言った。
「……ではな」
「あぁ」
 それが一つの区切りであったように、その言葉を境に、二人の男は別々の方角へと歩み出す。
 ハロルドの長靴が、騎士団の建物へと連なる、灰色の石畳を蹴りつけ、生ぬるい風が、おざなりに肩にかけた青いマントをなびかせた。
 そちらを振り向くことなく、ルーファスの影もまた、足早に遠ざかる。
 ふと思い立ち、空を仰げば、先程より雲の流れが速くなっており、灰色の雨雲が視界を覆っていた。
 ――直に一雨来る、確信めいた、そんな予感がした。



 ハロルドと別れたルーファスの足は、ある貴族の邸宅へと向けられた。
 ルゼ伯爵家の屋敷。
 アンジェリカの、否、正確にはアンジェリカの父親の屋敷だ。
 英雄王の片腕を務めたエドウィン公爵家には及ばずとも、エスティアにおいて、権門と称されるそこは、財を尽くした見事な造りである。殊更に、ゴテゴテしく飾り立てられているのは、ルーファスの趣味には反するが、当主の好みというか、ひとつの趣向ではあろう。
 精緻な装飾が施された、重々しい鉄製の門。
 まだ幼い少年だった時分、ルーファスも父親や家庭教師に連れられて、二、三度、この門をくぐったものだ。他者を拒むような威圧感は、その時と何ら変わりない。
 親類でもあり、浅からぬ縁を持つ、彼がその門をくぐることは容易であり、むしろ、それは自然なことであった。
 息女のアンジェリカが、エドウィン公爵家の屋敷に滞在しているとはいえ、この屋敷には彼女の父母、使用人たちがおり、ルーファスの訪れを告げれば、出迎えに出てくるであろうことは、想像がつく。が――、それは、彼の望む所ではない。アンジェリカの不在は、重々承知の上で、ここに来たのは、別の目的であった。
 くるり。踵を返したルーファスが赴いたのは、屋敷の裏手。
 客人用ではなく、使用人たちが使う扉。
 雲行きの怪しくなってきた暗い空を仰いでいると、ほどなく、裏口から出てきた使用人の娘が、買い物の籠を抱え、せかせかと忙しげに彼の前を横切った。
 十四、五歳、赤褐色の髪の毛に、そばかすのある、純朴そうな面立ちの娘だ。
 新米なのか、女中の制服を窮屈そうに着込んでおり、せかせかとした足取りには、落ち着きが感じられない。
 崩れそうな空模様を、気にしてだろう。
 その女中の少女が足を止めた好機を逃さず、ルーファスは野生の獣のように音もなく、するり、とそちらに近寄った。
 急に視界にかかった影に、女中の娘は不審そうに顔を上げた。が、次の瞬間、呆けたように目を見張る。
「あ……」
 衆目を集める容姿を持つ、ルーファスという男にとって、それはありふれた反応であったので、特に気に留めることもなく、彼は努めて、威圧的にならぬように意識しながら、女中の少女に話しかけた。
 警戒心を完全に拭い去ることは、ほぼ不可能といえど、しないよりはマシであろう。
 ルゼ伯爵家に仕える者か、と尋ねると、ぽう、と呆けたような顔をしていた娘の目に、怯えにも似た色がよぎる。
 ずず、と空の籠を胸の前に抱え、後ずさった女中は、おどおどと気弱な声で言った。
「お、お貴族様でしょうか……?わ、わたし、何か失礼を……お許しくださいませ」
 貴族と平民では、言葉のアクセントから、身なり、振る舞い、何もかも異なる。
 ルーファスの隙のない物腰や、訛りのない流暢な言葉遣いから、上流階級の匂いを感じ取ったのだろう。女中の少女はそばかすのういた顔を、青ざめさせ、何か粗相を、と焦った声で言うと、何もしていないというのに、額を地面に擦りつけんばかりの態度を取る。
 あまりに卑屈な態度に、ルーファスは心中でため息をもらした。一般的に、平民の使用人は、貴族の機嫌を損ねることを、ことのほか恐れるものだが……これは、少々、異常だ。彼の屋敷の使用人たちは、こうではないと思いたい。
 びくびくと子羊のように怯える、女中の少女の黒々とした瞳からは、ルゼ伯爵家における使用人の位置づけが、透けて見える。
 呆れめいたものを感じながらも、ルーファスは意識して口元をやわらげると、必要以上に相手を怯えさせぬよう、配慮した。
 笑うのは、苦手ではあるが、出来ぬわけではない。
 疎ましく思う自分の容姿が、時に絶大な効果をもたらすのを、青年は知っていた。少々、口元をやわらげ、「そう怯えないでもらおう。何もしない。用事があったから、呼び止めただけだ」と約束すると、女中の少女は緊張で強張った顔を、おずおずと遠慮がちに上げた。
「は、はい……」
「アンジェリカは今、我が屋敷に滞在している。エドウィン公爵家、といえば、わかるか……?」
 怯えさせぬよう、ゆっくりとした口調で喋ったつもりだったが、ルーファスの言に、女中の少女は顔色を変えた。
 氷の公爵と噂される、エドウィン公爵家の若き当主の存在は、知っていたのだろう。ルゼ伯爵家に仕える娘は、「公爵様……っ!」と大きな声を上げ、口元を押さえる。アンジェリカさまの、喉の奥でくぐもったその声に、ルーファスは確かな怯えを読み取った。
「そうだ。アンジェリカに関わる件で、少し尋ねたいことがある……最近、貴女の近くで、居なくなった使用人はいなかったか?」
 唐突な問いかけに、赤褐色の髪の娘は、戸惑ったように首をかしげた。とはいえ、無視はまずいと思ったのか、
「ユーナ……ユーナのことですか」
と、蚊の鳴くような声で言う。
 しかし、口に出してしまってから後悔したのか、ハッと手を口の前にあてた。
「シェンナ、シェンナ!何を、そんな場所でグズグズしてるの!まったく、ノロマな子ね!」
 その時、裏口から、鋭い叱責の声を上げながら、金髪の女中が走り出てきた。二十歳前後、美人ではあるが、吊り上った目元が、キツイ印象を与える。
 シェンナ、と気弱そうな女中を怒鳴りつけ、その手から籠を取り上げると、金髪の女は「この役立たずっ!買い物ひとつ、満足に出来ないなんて!」と、容赦なく罵倒した。バンッ、と音がするほど強く手の甲を叩かれて、赤褐色の髪の娘は、そばかすのういた顔を歪め、黒い瞳に涙を浮かべる。
 肩をいからせた金髪の女を、
「止めておけ。イライザ。その娘に、非はない。呼び止めたのは、私だ」
と、ルーファスが制止する。そのまま、地面に膝をついた哀れな娘に手を差し伸べると、手から転がり落ちた籠を、拾い上げてやった。
 己のせいで、気の毒なことをした。 
 黒髪の青年から、凍てつく氷のような目を向けられ、金髪の女中は息を呑む。
 ルーファス様、と唇が震えた。
 男は冷ややかに笑って、イライザ、とあえて親しげな声で名を呼んだ。
「久しいな。三年ぶりか……そちらは、相変わらずのようだが」
 軽蔑のこもったそれに、イライザ、と呼ばれた金髪の女中は、サッ、と顔を紅潮させる。
 使用人同士のことです、高貴な御方が、気にされることではありませんわ、と、取り繕うように言った。
「貴女が“そう”ということは、アンジェリカの悪癖も、相変わらずだろうな」
 黙り込んだイライザに、ルーファスは口角を上げ、
「気に食わない使用人を、遊び半分に折檻する、あの悪癖は簡単には治らんだろうよ」
と続ける。
 金髪の女中は、何も言わない。が、それこそが、何よりの肯定と言えた。
「ユーナ、という娘も、その犠牲者か?」
 ルーファスの言葉に、金髪の女は凄まじい形相で、そばかすのういた少女の顔を睨みつける。赤褐色の髪の娘は、怯えたように、男の背中に隠れた。
 イライザ。
 低く、抗い難い声で名を呼ぶと、イライザは首を振り、諦めたように息を吐く。
「ルーファス様のお耳に入れるようなことでは、ございませんわ。ユーナは、手癖の悪い子で、アンジェリカ様の指輪を、盗んだりしたのですもの……クビになったのは、当然のことですわ」
「つまり、盗人か?」
「ええ、大人しげな顔をして、強情な子でしたわ。自分はやっていない、なんて嘘をついて……」
「ユーナは、そんな人じゃ……」
 イライザの辛辣な言い様に、赤褐色の髪の娘が、怯えつつも反論する。何ですって、と金髪の女が眦を吊り上げても、口をつぐまなかった。
「あれは、アンジェリカお嬢様が、ご自分で……その証拠に、指輪はすぐ出てきたじゃないですか」
 ユーナは、正直で、嘘が嫌いな人でしたし、もしも、盗んだなら、人目につかない所に隠したんじゃ……と、庇うように続けた少女を、イライザは「お黙り……っ!」としかりつけ、その耳元にまたお嬢様に折檻されたいの、とささやく。
「ほぉ……」
 その時、どこか遠くで雷の白い閃光が走った。
 雷鳴が轟くのと同時に、低い声が耳朶を打つ。
 言い争う二人の女中は、ほぼ同時に、そちらを向くよりなかった。
「――興味深い話だな。詳しく、聞かせてもらえないか?」
 天を雷雲がおおっていた。
 ポツリ、と最初の一滴が、頬を撫ぜる。
 再び、天を引き裂くように走った雷光を背に、ルーファスはそう、逆らえぬ威厳をもって命じた。


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