私は偽りの王だった。
真に王となるべきは貴女であったのに、私は民も貴女も欺き続けたのだ。
貴女の羽をもいで、黄金の鳥籠に閉じこめた。その罪の重さを知りながら――
はらりはらり、と雪が舞う。
ローズティア王国に冬の訪れを告げるように、灰色の空から粉雪が降っていた。白く儚く美しい雪が。
その汚れなさで、この大地を白く染め上げるのだろうか。
「……ああ、雪だ」
ローズティアの王城の一室。
玉座についていた老人はそう呟いて、ふらつく足取りで窓枠へと歩み寄ると、天からはらはらと降る雪を見つめた。
そうして、やせ細った手を窓の外へと伸ばし、雪の結晶を掴み取ろうとする。
まるで、それが愛しいものであるように。
「ああ、雪だ。雪だよ。ティアーナ……貴女が愛した雪だ」
誰もいない部屋。
窓枠の外へと手を伸ばし、老人は――老いたる王は、ここには居ない誰かに語りかけようとする。その痩せ衰えた手には、時折、白い雪が舞い降りるものの、すぐにとけて消えてしまう。
愚かなことだ。雪はいつか溶けてしまうのは、わかりきっているのに。だが、老王はそれでも雪を掴み取ろうとするのを、止めようとはしない。
冬の冷えた空気で、体が冷えるのもかまわず、その翠の瞳で王は雪を見つめ続ける。
まるで、愛しい女に向けるような瞳で――もういない誰かを想う。
「雪が降ったよ。ティアーナ。どうか戻っておいで……」
ティアーナ、と。
誰もいない部屋で、老いた王は何度もその名を呼ぶ。祈るような必死な表情で。
その枯れ木のように痩せた手を、何かを掴もうとするように空に伸ばし、その手に何も掴めないことに絶望するように、老いた王は両手で顔をおおった。その疲れきった顔つきには、かつて賢王と呼ばれた面影はない。ただ、決して癒せぬ悲しみがあるだけだった。
「――どうか、戻っておいで。ティアーナ。偽りの王はもう消えるから、真の王は戻らねばなるまいよ」
どうか、戻ってきておくれと。
その翠の瞳で、雪の降る空を見つめながら、老王は幾度も繰り返した。
――偽りの王はもう消えるから、真の王は戻ってこなければならないと。
苦しげな顔で、幾度もそう繰り返す老王の瞳は、どこか遠い過去を見ているようだった。あたかも贖罪のような王の言葉に、答えてくれる者は誰もいない。冬の風で冷え切った部屋には、ただ老いたる王の言葉だけが響く。ひゅうひゅう、と冬の風が吹きつける中、老王はマントすら羽織らずに窓辺に立ち尽くす。
王は孤独だった。
それが罰であるように。
窓辺につるされた空の鳥籠が、風に吹かれて揺れた。
「――ライナス陛下」
その時、音もなく部屋の扉が開いて、一人の少女が入ってきた。
ゆるやかに波打つ金の髪に、真紅の瞳をした不老不死の魔女――フィアナ=ローズだ。
光の王と呼ばれた国王レオハルトに望まれて、数百年に渡りローズティア王家を見守り続けてきた“王冠の魔女”。
フィアナはその身が凍えることも厭わず、窓辺に立ち尽くす老王に痛ましげな視線を向けると、ゆっくりと王に歩み寄った。そうして、痩せた王の肩に深紅のマントをかけて、静かに声をかける。
「少しお休みにならないと、お体に障りますよ。ライナス陛下」
気遣うような魔女の言葉に、老いた王――ライナスはようやく振り返って、窓から離れた。
「……フィアナ」
ライナスは魔女の名を呼ぶと、泣きそうな顔で続けた。
「――ティアーナは何処にいる?真の王は彼女なのだ。彼女に王冠を返さなければ」
ライナスの言葉に、魔女は何も言えず、ただ痩せた彼の手を握り締めた。彼の求める人がいれば、きっとそうしたように。
王の願いは、誰も叶えられない。悠久にも近い時を生きて、魔女と呼ばれるフィアナにも、死者を呼び戻すことは出来ないのだから。運命を変えることと、流れる時を戻すことは、魔女の最大の禁忌である。神ならぬ身に許されることではない。どんなに、それを望んだとしても。
そう、たとえ“王冠の魔女”であっても、王の苦しみを癒すことは出来ないのだ。
ライナスの苦しみを癒せるのは、今は亡き王女――ティアーナしかいない。
それを知るフィアナの前で、ライナスは老いて痩せ衰えた肩を震わせて、翠の瞳から一筋の涙を流した。
「雪が降ったよ。ティアーナ……」
そうして、王の心は過去へと戻る。儚く冷たく、それでいて美しかった時代へと――
ライナスの父は愚かな王だった。
善き王と民から慕われた兄が落馬の事故で、不慮の死を遂げたことから王位についた身でありながら、王となった途端に暴虐の限りを尽くした。
元から傲慢な性質だったのか、側室の息子という微妙な立場が、父を歪んだ性格にしたのか息子であるライナスにはわからない。
いずれにせよ、幼い息子の目から見ても、ひどく傲慢な王であったことは確かだ。
政治は宰相や大臣に任せたっきりで、自身は昼間から美女をはべらせ、遊興に耽るような振る舞いも珍しくなかった。そんな父の振る舞いをたしなめた側近は、数十回も体に鞭を打たれた末に、王宮の外へ放り出された。あるいは、些細な事で父の不興を買った女官が、泣きながら牢屋に入れられたこともあった。
そんなことを繰り返すうちに、誰も父に意見することがなくなり、王はますます傲慢になった。身勝手に振る舞い、美女や美食に耽り、気にいらない臣下は処刑した――まさに、愚王としか言いようがない。
そんな傲慢な父に、唯一意見を言ったのが、“王冠の魔女”フィアナであったという。
苦しむ民を憂いて、王に態度を改めるように言った魔女を、王は鬱陶しがり≪嘆きの塔≫――罪人を幽閉するための塔へと追いやった。
国内で、小さな反乱の狼煙が上がったのは、そんな時だった。
父の治世に不満を持つ臣下たちが手を組んで、兵を挙げようとしたのだ。
その反乱の旗印となったのが、落馬の事故で死んだ兄王の娘――まだ五つにしかならぬ幼い王女ティアーナだった。
もちろん幼い王女に反乱の意思など、あるはずもない。ただ反乱を起こす口実として、利用されただけだ。
だが、それが幼い王女の――ティアーナの運命を捻じ曲げた。
その後、王への反乱を企てた者たちの中に、裏切り者が出たせいで、反乱の首謀者たちは王に捕らえられて、処刑された。そして、王女ティアーナは王の姪という立場から、処刑こそ免れたものの、その生涯を幽閉の身で過ごすことを命じられたのである。
そして、王女は≪嘆きの塔≫へと幽閉された。王にうとまれた“王冠の魔女”と共に――それが、今から五年前のこと。
「……」
コツコツ、という足音が石段に響く。
高貴な罪人を幽閉するための――≪嘆きの塔≫。
その≪嘆きの塔≫の最上階に続く石段を、一人の少年が上っていた。
年は十を少し過ぎたくらいだろうか。
麦穂のような輝く金髪に、翠の瞳の凛々しい顔立ちの少年。
その見るからに高貴な雰囲気を漂わせた少年は、少し険しい顔をして、共もつけずに一人で石段を上っている。あまり日の光が差し込まぬ塔の中、薄暗いそこで彼の横顔を照らすのは、少年が手にした燭台だけだ。
わずかなロウソクの灯りだけを頼りに、少年は一歩、一歩、塔の上へと近づいていく。
彼の名は――ライナス。
愚王と蔑まれる父を持つ、このローズティアの第一王子である。その腰には、王位継承者の証である宝剣を帯びていたが、そのわりに王子――ライナスの顔には誇らしさは感じられない。むしろ、石段を上る表情には緊張と怯えの色が見えた。
それも無理のないことだ。
王の許可なくして、≪嘆きの塔≫に上るのは許されざる重罪。
もし、このことが父に知れたなら、たとえ王子であるライナスといえども罰せられることになるだろう。ましてや、父は親子といえども容赦するような性格ではない。
しかし、それでもライナスは塔を上り続けた。彼にそうするだけの理由があったから――
「……ライナス殿下」
石段を上りきったライナスに、そう声がかけられる。
「フィアナ!」
ライナスは顔を上げると、声をかけてきた魔女の名を呼ぶ。
ゆるやかに波打つ金の髪に、真紅の瞳の美しい娘。その胸元では、名君と呼ばれた国王レオハルトより贈られたという、蒼華石の首飾りが揺れている。
フィアナは心配そうに眉をひそめると、王子をたしなめるように言った。
「また、城を抜け出していらっしゃったのですか?ライナス殿下」
魔女の言葉には、王子の振る舞いを咎めるというよりは、彼の身を案じるような響きがあった。
決して、ライナスの訪問が嬉しくないわけではない。
何年も前から、ライナスの父王の命により≪嘆きの塔≫に幽閉された身であるフィアナとしては、このライナスの訪れは喜びの一つだ。だが、王子である彼が王に黙って城を抜け出して、こうして≪嘆きの塔≫を訪れるという行為が、どんな重罪であるかも魔女はよく知っていた。もし、これが明らかになれば、ライナスがどんな罰を受けることになるか……想像するだけで、胸が痛む。
そんなフィアナの心配を知っていても、こうして≪嘆きの塔≫への訪問を止めることのできない王子ライナスは、顔をしかめた。
「危険は知っている。だけど、あの城にいると息がつまりそうになるんだ」
「ライナス殿下……」
まだ少年である王子の悲痛な言葉に、魔女は何も言えなくなった。
ライナスの父が王となってから、ローズティアの王宮の空気は淀んでいる。
それはフィアナも認めざるおえない。
王は政務を人任せにして、自身は昼間から酒や美女に溺れることも珍しくない。それを改めるように進言した忠臣は、王の不興を買って、残忍な方法で処刑された。そんな残酷さは身内ですら例外ではなく、ライナスの母――王妃はまだ彼が幼い日に、身に覚えのない罪をきせられ、その屈辱に耐え切れず自害した。
そんな王が民に受け入れられるはずもない。残虐な王を恐れて、表向きは誰もが口をつぐんでいるものの、誰もが善き王と呼ばれた先王の治世を懐かしむ。
ライナスの父とは異なり、彼の兄は善き王として民から慕われていた。落馬の事故で亡くなった時には、誰もが心から涙を流したほどに。
そうであるからこそ、臣下たちの誰もが言う。
――そもそも、おかしいのではないか。
――亡くなられた王には王女がおられる。王と王妃の間の正しき王女ティアーナ姫が。本来ならば、あの御方が王位を継がれるべきなのだ。
――ああ、嘆かわしい。真に王となるべきティアーナ姫は≪嘆きの塔≫へと閉じこめられて……。
誰も王を恐れて口にしようとしない。
しかし、王宮の誰もがそう思っていることは、少年であるライナスとて悟らないわけにはいかない。
(……父は王位を継ぐべきではなかった。その息子である自分も、王子の地位には相応しくない。偽りの王子なのだ。真に王位を継ぐべき者は他にいる……)
そんな想いが、いつからかライナスの心を支配していた。
残虐な振る舞いを続ける父に対する恨みも、母を自害に追いこんだ憎しみも勿論ある。だが、それ以上に王宮の人々が自分に向ける視線が、何よりも痛かった。
誰も自分を信じない。
誰も自分に微笑まない。
偽りの王子の好意を向ける者など、いるはずもないのだから。
「――ライナス!」
そんな沈みきった空気を壊すように、その場に明るい声が響いた。
「ティアーナ……」
ライナスが名前を呼ぶか、呼ばないかのうちに、幼い少女が彼に抱きついた。
ぼすんっ、と勢いよく腕の中に飛び込んでくる体を、少年は驚きつつ受け止める。ふわふわのドレスに包まれた幼い彼女の体は、柔らかくて、あたたかい。
王子よりも少し年下だろう。幼い少女は顔を上げると、嬉しそうに微笑んで言った。
「来てくれて嬉しいわ。ライナス。貴方が来てくれるのを、ずっと楽しみにしていたのよ。ね?フィアナ」
愛らしい少女だった。
蜂蜜色の髪に、冬の空を映したような青い瞳。
白磁のような肌に、薔薇色の頬。
その顔立ちはライナスよりも幾分、幼いものの良く似ている。それも当然のことだ。ライナスと彼女とは父たちが兄弟で――彼らは従兄妹であるのだから。
そう少女は落馬で亡くなった兄王の唯一の娘――ティアーナだ。
「良かったですね。ティアーナ姫様。ですけど、ずっと抱きついたままだと、ライナス殿下が困ってしまいますわ」
そう言って、苦笑するフィアナに、少女――ティアーナは少し不満そうな顔をする。
「だって……ライナスには滅多に会えないんですもの」
「ティアーナ姫様。ライナス殿下が困っていらっしゃいますよ」
「……ええ」
だが、基本的に素直で無邪気なティアーナは、魔女に再度いわれると、ライナスから離れた。しかし、離れがたいのか、従兄であるライナスの袖を掴む仕草が幼くも愛らしい。
そんなティアーナに、兄弟のいないライナスは妹のような感情を覚えつつ、蜂蜜色の髪を優しく撫でた。ふわふわとした柔らかな髪は、ささくれ立った心を癒してくれる。
誰にも自分の存在は必要とされていない。そう感じる王宮のにあって、この≪嘆きの塔≫にいる魔女と、自分を慕ってくれる従妹の存在だけが、ライナスの救いだった――たとえ、その感情が偽りでしかないと知っていても。
「しばらく来れなかったけど、元気にしていたかい?ティアーナ」
本心を押し殺して、ライナスは柔らかな微笑みを、従妹へと向ける。
「ええ。私は元気よ。でも、ライナスは少し痩せたみたいね?大丈夫?」
そんな風に、明るく振舞うティアーナの体調があまり良くないことを、ライナスは知っていた。
生まれつき、丈夫とは言えない娘なのだ。病弱だった母に似たのか、ささいなことで熱を出して、よく寝こんでいるらしい。それに加えて、王宮の権力争いに巻き込まれた末に――この≪嘆きの塔≫での幽閉生活である。
五歳で幽閉されたその日から五年、ティアーナは一歩たりとも、この≪嘆きの塔≫の外へ出ていない。
そんな窮屈な生活が、幼い王女の体を蝕んでいることは、ライナスならずとも容易に理解できることだった。現に、十歳になろうとしているティアーナの体躯は、同じ年頃の子供よりも一回りは小さく華奢だ。
哀れな王女だと、ライナスは思わずにいられない。
本来ならば、ローズティアの世継ぎの王女として、何不自由なく育つ身の上だったろうに……愚かな王のせいで、何もかも奪われて、罪人として≪嘆きの塔≫に幽閉されているのだ。
その愚かな王こそ――ライナスの父なのである。
「僕は平気だ。ティアーナ。少し忙しかっただけだから……」
それは本音でもあり、偽りでもあった。
――本来ならば、王冠は彼女のものであるはずだ。世継ぎの王子と呼ばれるのは僕ではなく、ティアーナであるべきだったのに……。
そんな想いを抱えながら、ライナスは首を横に振った。
「本当に?フィアナが教えてくれたわ。ライナスは国王になるために勉強しなければならないから、とても忙しいのって……でも、無理はしないでね。ライナス」
ティアーナは心配そうに言うと、その冬の空を思わせる青い瞳で、ライナスを見つめた。その穢れのない瞳に、少年は泣きたくなった。
――王になるために。
幼い王女は知らない。その王位が本来ならば、従兄であるライナスではなく、自分のものであったことを。
五歳から幽閉の身となり、共に塔で暮らす“王冠の魔女”以外の誰との触れ合わずに育ったティアーナは、自分が閉じこめられている理由すら、理解してはいない。
そう、何も知らないがゆえに、彼女は自分を幽閉生活へと追いこんだ実の叔父――ライナスの父への恨みを口にすることはない。
自分から王冠を奪ったライナスを憎まない。
時折、父の目を盗んで≪嘆きの塔≫を訪れるライナスを、従兄として慕ってくれる。無邪気に、心から。
――だけど、彼女が成長した時、ティアーナは自分を憎まずにいてくれるだろうか?
その考えるたびに、身も凍るような不安を感じながらも、ライナスは笑顔の仮面をかぶる。
たとえ、偽りの幸福だとしても、それを手放すことなど、ライナスには出来ない。その罪の重さを知ってはいても――
「……ありがとう。ティアーナは優しいな。約束するよ、無理はしない」
ライナスがそう言うと、ティアーナは花のように微笑んだ。
そうして、年上の従兄の手に自分の手を重ねる。
約束よ、と鈴を鳴らすような声で言う。
「ええ。約束よ。ライナス」
「……ああ、約束だ」
たとえ、世界が偽りに満ちていようとも、この幸福だけは真実だとライナスは信じた。
真実を告げない自分の卑怯さは、誰よりもよくわかっていた。それでも、ティアーナのためならば、何でもしてやりたかった。この哀れな愛しい王女のために、自分に出来ることは何でも。
その想いだけは、真実だったのだ。
「――ライナス殿下。ティアーナ姫様。あたたかい紅茶をいれましたわ。今日は寒いですから、風邪などひかれぬように」
幼い王子と王女の会話を、微笑んで見守っていたフィアナがそう言いながら、湯気の立つカップを二人に手渡した。ティアーナは「ありがとう。フィアナ」と言うと、ふぅふぅと息を吹きかけて、湯気の立つ紅茶をさまそうとする。
ライナスは紅茶を飲みながら、窓の外へと翠の瞳を向けた。
少し開けられた窓からは、冬の風が吹き込んで、彼の頬を撫でる。
「たしかに……今日は随分と寒いな。雪が降っているのか」
ちらちらと降る白い雪を、窓越しに見て、ライナスが言う。
ローズティアに雪が降るのは、そう珍しいことではないが、今年に入ってから初めて降る雪ではないだろうか。
「本当?雪が降っているわ。綺麗……」
ティアーナが、うっとりしたような顔で言う。
そんな少女に、ライナスは少し呆れたような顔をした。
「……ティアーナは本当に雪が好きだな。寒いし、冷たいし、良いことなどないと思うのに」
「でも、綺麗だわ。そう思わない?ライナス」
従兄の言葉に、王女はわずかに頬をふくらませる。
そんなティアーナの蜂蜜色の髪を撫でながら、フィアナは言った。
「ティアーナ姫様は、冬の生まれでございますから。それで、雪がお好きなのかもしれませんわ。ライナス殿下」
「そういうものなのかな?」
「ええ」
数百年の時を生きる魔女にそう言われては、ライナスも何も言えなくなる。だけど、誰よりも愛しい従妹に嫌われたくなくて、「それなら……」とライナスは言葉を続けた。
「――それなら、今度、雪よりも綺麗な小鳥を君に贈るよ。ティアーナ。雪のように、白く美しい小鳥を」
幽閉の生活を送る幼い少女にとって、その美しい小鳥は、何よりの贈り物になるだろう。
そんなライナスの言葉に、ティアーナは嬉しそうに微笑んだから、彼は次に≪嘆きの塔≫を訪れた時に、鳥籠でさえずる白い小鳥を彼女に贈ったのだ。歌うように、美しくさえずる小鳥を。
――金細工の鳥籠に、雪のように白い小鳥をいれて。
ありがとう、と微笑むティアーナが誰よりも愛しかったから、ライナスは己の罪から目を背けたのだ。
私は偽りの王子だった。
真に王となるべきは貴女だったのに、私は民も貴女も欺き続けたのだ。
それでも私は怖かったのだ。貴女が私を恨む、その瞬間が。
だから、私は嘘を重ね続けた。その罪の重さを知りながら。
貴女は私を永遠に許さないだろう。ティアーナ……。
それでも、私は貴女を失うことだけが怖くて、鳥籠に閉じこめ続けたのだ――
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