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四章 魔女を憎んだ王 4−5


 ローズティアの国王イネスが、近隣諸国から“銀獅子王”と恐れられる男が、葡萄酒に毒をもられ暗殺されかけた日から十日後。戦の神が若き王の才を惜しんだのか、イネスは死の淵から生還した――
「死に損ねたか……」
 死の淵から生還し意識を取り戻した瞬間に、九死に一生を取り留めたイネスの口から出た言葉が、それであった。
 王の侍医たちが慌ただしく駆けずり回るのを横目に見ながら、我が事ながら悪運が強いと――どこか他人事のように、イネスは思う。おかしなものだ。戦しか才がない自分よりも、よほど王に相応しかったオスカール兄上が若くして亡くなり、自分が生き延びるとは。
 運命の皮肉さを呪いたくなる。
 残酷な運命は、父も母もオスカール兄上も、イネスの大事な者の命を情け容赦なく奪っていくのに……
「――陛下。イネス陛下」
 その夜のことだ。
 王の回復を喜ぶ家臣たちが去った後に、イネスの寝室に懐かしい声が響いたのは――オスカールが亡くなった日から、イネスがその声を聞くのは七年ぶりのことだった。
 イネスは顔を上げると、翠の瞳を驚きに見開きながら、寝台の横に立つ声の主の名を呼んだ。
 そこに立っていたのは、月光を集めたような金髪と、宝玉のような真紅の瞳の美しい娘だった。
 その胸には、蒼華石の首飾りが揺れている――
「お前は……フィアナ」
 七年ぶりのイネスの呼びかけに、あの時と何も変わらぬ姿をした“王冠の魔女”は深々と頭を垂れる。
 オスカールの葬儀の日から、フィアナがイネスの前に姿を現したのは初めてのことだった。敬愛していた兄を喪ったイネスが、一方的に魔女に憎しみをぶつけて、魔女が彼の前から去った日から、七年ぶりの再会である。
「お久しぶりでございます。イネス陛下」
「……」
 穏やかな声で挨拶するフィアナに、イネスは黙りこんだ。
 今までどこにいたのか、なぜ七年ぶりに自分の前に姿を現したのか……もし叶うなら、フィアナに問い詰めたいことは色々あった。
 しかし、どの言葉も今の状況には相応しくない気がして、イネスはふぅと小さな息を吐いた。
 そして、意外にも穏やかとさえ言える声で、魔女に問う。
「ああ……本当に久しい。あの日から七年ぶりだな、フィアナよ。私に何か用か?それとも、毒殺されかけた愚かな王を笑いに来たのか?」
 毒殺されかけた愚かな王を、笑いに来たのか――自嘲するかのような若き王の言葉に、フィアナは顔を曇らせる。
 傷ついた王の心を癒すことは、数百年の時を生きた魔女でも困難なことであった。
 ――王は疲れているのだ。戦えど、戦えど、全く終わりの見えない戦いの日々。そして、周囲が作り上げた不敗の英雄である“銀獅子王”と現実の自分との落差に、イネスは傷ついている。
 屍の山を踏み越えて、敵兵の血を流し続ける日々に、疲れ果てているのだ。
 きっと彼が目指したのは、こういう王ではなかったのだろうと、フィアナは思った。
 イネス殿下がなりたかったのは、きっと“英雄”ではなかった。穏やかで公平で、民に慕われる善き王――そう、今は亡きオスカール殿下のような……。
 そんな王に、彼はなりたかったのだ。
 もし叶うならば、そんな善き王を支える人でありたかったのだろう。
 だが、現実はそうではない。
 幸か不幸か、イネスには戦の才があり、国を豊かにするために戦い続けることを宿命づけられた――たとえ本人がそれを望んでいなかったとしても、民は勇猛果敢な“銀獅子王”を求める。英雄は死ぬ日まで、英雄であることを求められる。それは華やかで、誇らしく、同時にゾッとするほどに哀れで、虚しいことだ……。
「イネス陛下。貴方は……」
 イネスの問いかけには答えず、フィアナは静かな声で言う。
「――少し、エリック陛下に似ていますね。私が守りたくて……そして、守りきれなかったあの方に」
 魔女の言葉の意味がわからなかったのか、イネスは眉を寄せた。
 エリック陛下。
 今から数百年のローズティアの王の名だ。民から“光の王”と呼ばれ、ローズティアの黄金時代を築いた国王レオハルトの息子である。
 偉大なる父王とは対照的に、ひどく凡庸な王だったというエリックと、自分に何の共通点があるのか、イネスには理解が出来なかった。
「エリック陛下?……あの“光の王”レオハルト陛下の息子か?私と何が似ているというんだ?」
 イネスの言葉に、フィアナは悲しげに微笑む。
 それは儚げで美しくて、泣きたくなるほどに切ない微笑みだった。
 ――数百年の時が流れた今でも、魔女は後悔し続けている。どうして自分は、あの優しい弱い子供を、優しすぎた王を守れなかったのかと。
 イネスとエリック。
 フィアナが子供時代から見守り続けた二人は、全く似ていないようで、どこか似ている。
 そう、善き王になれぬ自分を知りながら、父や兄を目指さずにいられないところが――
「いいえ……顔や性格は全く似ていません。ただ、きっと善き王とは手のとどかない月のようなものなのですよ。イネス陛下。貴方もエリック陛下も、同じものを求めているのでしょう?」
「手のとどかない月?どういう意味だ。フィアナ」
 数百年もの長い歳月、国を王を見守り続けた魔女の言葉は、イネスの胸に重く響いた。
 しかし、言葉の意味は理解できない。
 オスカール兄上を救えなかった魔女の言葉など、理解したくもない。
 ――叶わないとわかっていながら、王は求めてしまうのだろう。決して、手のとどかぬ天の月を。
 心の底で、フィアナの言いたいことを察しながら、イネスはそれを認められない。いや、絶対に認めるわけにはいかないのだ。イネスにとって、それは敗北を意味する。だが、そうして顔を伏せる若き国王に、魔女は残酷な真実を告げる。
 それが、傷ついたイネスを追いつめて、絶望させると知りながら――それでも、言わずにはいられなかった。
「――完璧な王など、この世界の何処にも存在しません。それは手のとどかない月のようなもの……それを目指すことは出来ても、決して掴むことは出来ないのです。イネス陛下」
「……黙れ。フィアナ」
「イネス陛下……」
 完璧な王など、善き王など、この世界の何処にもいない。
 その言葉はイネスにとっては、どんな刃よりも重かった。
 自分は兄・オスカールのようにはなれない。なれるとも思えない。自分は血を流すことは出来るが、穏やかで平和な日々の中で、民に笑顔を与えることは出来ないのだから。賢王と呼ばれるだけの才も、今さら剣を捨てることも……どちらも無理だ。
 だが、それなら自分は何のために玉座にいるのか。何のために――?
「イネス陛下……」
 魔女は心配そうに真紅の瞳を伏せて、その細い腕を寝台で横たわるイネスへと伸ばす。
 しかし、フィアナの柔らかな手が、王にふれることはなかった。
 イネスは寝台から身を起こすと、その翠の瞳に炎のような怒りを宿して、魔女に向かって叫んだ。
「――黙れ!フィアナ!お前は何も知らないくせにっ!人の挫折も苦しみも絶望も、何一つとして知らない魔女が、何を言うっ!」
 ――魔女は人間の心など、理解できない!
 それは、絶対に言ってはならない言葉だったろう。だが、傷ついた王の言葉はきっと、己の壊れそうな心を守るためのものだった。
 しかし、その言葉の刃は確かにフィアナを傷つけたが、同時に口にしたイネスも虚しさを覚える。絶望も怒りも悲しみも通り越して、英雄と呼ばれる若き王は、ただ虚しかった。
 自分は一体、何をしているのだろう?
 大陸に多くの血を流し“銀獅子王”と呼ばれ、沢山の名も無き民の運命を変えた。それは本当に、正しかったのだろうか。オスカール兄上ならば、もっと別の道が選べたのではないか。
 幼き日、自分はこんな悲しい未来を望んでいなかったのに、どうして……
 イネスとて本当はわかっていた。
 どれほど悲しい運命に翻弄されたのだとしても、この道を選んだのは王であるイネス自身なのだと。自分に運命を呪う資格などないのだと。
 それでも大きな力を持ちながら、母の時もオスカール兄上の時も、自分の大事な人の命を救ってくれなかった魔女のことを、イネスは憎まずにいられなかった。許せない。許せるはずもない――
「フィアナ……」
 イネスは顔を上げると、魔女の名を呼んで、激情のままに叫んだ。
「――いや、魔女フィアナ=ローズよ!このローズティアの王として命じる!私が死ぬまで、二度と私の前に姿を現すな!」
 決別の言葉を突きつけながら、イネスは思う。
 私は魔女を憎む。生涯、許すことはないだろう、と。
「……はい。イネス陛下。王である貴方がそれを望むなら、私はそれに従います。イネス陛下が亡くなる日まで、私は貴方の前に姿を現しません。ただ最後になるならば、イネス陛下に一つだけ、申し上げたいことがあります……」
 激しいイネスの言葉を、フィアナは穏やかに受け止める。
 その真紅の瞳に、怒りはない。ただ、若き王に対する憐れみだけがあった。
 言いたいことがあるという魔女の言葉に、イネスは眉をひそめる。
「何だ……?」
 フィアナは一瞬、ためらうように顔を伏せた後、イネスに残酷な真実を告げた。
「貴方の王妃様の……リアラ様の母国エルメリアがハイネン公国と手を組んで、ローズティアを裏切りました。その意味はおわかりでしょう?イネス陛下。貴方に毒を盛ったのは……」

 ――それから一ヶ月後のことだ。国王イネスの王妃リアラが、罪人として捕らえられた。その罪状は、国王の毒殺を企んだことである。

 痩せ細り、泥にまみれた女は、それでもなお美しかった。
 国王イネスの葡萄酒に毒を盛り、暗殺せんとした稀代の悪女――王妃・リアラ。
 凍えるような冬の朝に、エルメリアの第一王女として生まれて、ローズティアの王妃にまでなった女は国王暗殺を企んだ大罪人として、処刑場に引きずり出されていた。
 この国の法では、国王暗殺を企んだ者はいかなる身分であろうと、いかなる理由があろうと死罪と決まっている。それは、例え王妃といえども例外ではないのだ。
 兵士たちの手によって、無理矢理に断頭台の前に引きずり出されたリアラは顔を青ざめさせて、ぶるぶると身を震わせている。
 その見事な黄金の髪は乱れ、傾国の美貌と称された顔には疲労の色があり、薄紫の瞳には怯えがあった。だが、やつれ果て、大罪人にとしてその権威が地に落ちた今でも、処刑場に立つ王妃は美しかった。
 そんなリアラに、静かな声でイネスは問う。
「なぜ私を暗殺しようとしたのだ?王妃……リアラよ。そなたの母国エルメリアのためか?」
 王妃であるリアラが、夫であるイネスに毒を盛る。
 そのこと自体は彼女に、何ら益はない。
 しかし、王妃・リアラの母国でありローズティアの同盟国であるエルメリアが裏切ったとなれば、話は別だ。
 戦の神に誰よりも愛された青年――“銀獅子王”イネス。味方であれば百人力だが、敵に回った時の恐ろしさは語るまでもない。その力にエルメリアの王は――リアラの兄は、恐怖したのだろう。
 いつかイネスが同盟を破棄して、我が国に攻めこんでくるのではないか、その恐怖が悲劇の元凶であったのかもしれなかった。
 裏切りによって、王妃の母国エルメリアが同盟の破棄に踏み切った今では、イネスの存在は邪魔以外の何者でもない。
 だから、リアラは侍女に命じて、イネスの飲む葡萄酒に毒を――
「ふふふ……」
 イネスの問いかけに、断頭台の前に立たされたリアラは赤い唇をつり上げ、「ふふふ……」と鈴を鳴らすように笑った。
 場にそぐわない軽やかな笑い声は、言いようもない狂気を感じさせた。
 その笑い声は段々と大きくなり、イネスは不快そうに眉をひそめる。
「……何がおかしい?リアラ」
 そう問いかけられたことで、リアラはようやく笑うのを止めて、薄紫の瞳をイネスに向ける――その薄紫の瞳に宿るのは、愚者に対する嘲りだった。
「ふふ……失礼いたしました。イネス陛下。もちろん、貴方を暗殺しようとしたのはエルメリアのためですわ。私にとって、嫁いできたローズティアよりも母国であるエルメリアの方が、ずっと大事だっただけのこと……それに……」
 今まさに処刑されようとする王妃に対し、悲しみも憐憫も見せようとしないイネスに薄紫の瞳を向け、リアラは狂気じみた笑みを浮かべながら言う。
 深い憎しみをこめて。
「――私は貴方が憎かった!ただの一度たりとも、私を見ようとしなかった貴方がっ!貴方はいつだって、亡き兄上と側室の娘のことしか、気にしていなかったではないですか!」
 そんな悲鳴にも似たリアラの叫びに、イネスは沈黙する。
「……」
 確かに自分は良き夫でも、善き王にもなれなかった。だけど……
「貴方は……」
 なおも言葉を続けようとしたリアラだったが、兵士たちに体を押さえつけられて、その先を言うことは叶わなかった。
 王女として生まれ育ち、ローズティアの王妃と呼ばれた女は、今や罪人として断頭台の前へと引き出される。
 そうして、断頭台の前に引き出され処刑されようとする寸前、リアラはイネスに向かって叫んだ。
「――イネス陛下。貴方はきっと大陸に多くの戦火をもたらすでしょう!そうして、屍の山を積み上げて、血の道をつくる。だけど、いつか誰かが気づくでしょう!貴方が英雄という仮面をかぶった、ただの臆病者であるという真実にね!」
 呪いにも似た最期の言葉。
 それは王族の女が見せた最後の誇りであったのかもしれぬ。
 リアラが叫ぶ終えたのと、断頭台によって彼女の首が落とされたのは、ほぼ同時であった。
(あぁ、血だ……)
 あふれ出るまっ赤な鮮血を見つめながら、イネスは自分がもう後戻りできないことを、悟らざるおえなかった。自分の手はもう、取り返しのつかないほどに汚れているのだと。
 英雄の仮面をかぶった臆病者――あぁ、その通りだとイネスは思う。英雄など“銀獅子王”など、どこにもいない。ここにいるのは、ただの愚か者だ。
「だが、それでも私は――」
 多くの血のしみこんだ両手を握りしめて、イネスは呟く。
 それでも私は死ぬまで、英雄という仮面をかぶり続けなければならないのだ、と。

 その後、ローズティアの“銀獅子王”イネスの手によって、王妃の母国エルメリアが攻め滅ぼされたのは、それから一年後のことである。

 それから、数年の歳月が流れた。
 王妃の処刑そしてエルメリアとの戦争を境として、ローズティアの“銀獅子王”は変わったとされる。それまでより更に積極的に、他国へと攻めこむようになり、凄まじい勢いで領土を広げた。その中で滅ぼした国は、数知れない。
 そうして、英雄と呼ばれた王は、大陸にあまりにも多くの血を流したのである。
「母様っ!ダリア母様――っ!」
 自分の名を呼ぶ声に、中庭で椅子に座っていたダリアは、書物から顔をあげた。
 母様、と呼びながら草花の間を駆けてくる少年の姿を認めて、ダリアは口元をほころばせる。その少年は黒髪に、翠の瞳をしていた――今年で十になる、イネスとダリアの間に生まれた王子だ。
 息を切らせて駆けてくる息子に、微笑ましいものを感じつつ、ダリアは首をかしげて問う。
「どうしたの?そんなに慌てて……」
 母の問いかけに、父に――イネスによく似た面差しを持つ少年は、パッと顔を輝かせる。
 そうして、少年は明るい声で言った。
「イネス父様が戦争に勝って、もうすぐ国に戻ってくるって大臣に聞いたんだ!本当?母様」
 うれしそうに言う息子に、ダリアは微笑んで、首を縦に振る。
「ええ。本当よ」
 うなずくダリアの藍色の瞳に宿る悲しみに、気づく者は誰もいない。
 最愛の息子でさえも、彼女の嘆きを理解することは決してないだろう。
 母親の言葉に“銀獅子王”の息子は満面の笑みを浮かべて、誇らしげに言う――その表情は、無邪気な子供であった頃のイネスに、そっくりだった。
「父様はまた戦争に勝ったんだ!本当に強いね!僕も将来、父様みたいな強い王になるんだ!」
「……ええ。本当にそうね」
 無邪気な息子の言葉に、ダリアは藍色の瞳を伏せた。
 遠い戦場で戦い続けるイネスのことを思うと、胸が締め付けられる。
 戦争で勝利しても、イネスが国で穏やかな日々を過ごすわけではない。また、どこか違う国と戦をするだけのことだ。この国に、真の平穏が訪れることはない。そう、戦い続ける日々は終わることはない――彼が“銀獅子王”である限り、英雄である限り、戦場でしか己の価値を見いだせない王である限り……命がつきる、その日まで。
 ダリアは思う。
 幼き日、自分はこんな未来を望んでいただろうか?
 あの時、自分の周りにはオスカール殿下がいた。
 イネス殿下とは、いつも喧嘩ばかりしていたけど“王冠の魔女”フィアナがいてくれた。
 何より、イネス殿下が幸せそうに笑っていた。
 誰よりも大切で、誰よりも守りたい人だった。意地っぱりで強くて、でも弱くて脆かった銀髪の少年は、今――その手を血に染めて、英雄と呼ばれる王になった。彼の望みはきっと、そんなものではなかったのに。
「……母様?泣いているの?」
「え……」
 顔を伏せたダリアに、幼い息子が不思議そうに尋ねた。
 そう言われて初めて、ダリアは己が泣いていることに気がついた。
 藍色の瞳を、透明な涙がつたう。
 いきなり泣き出した母に慌てながらも、父によく似た息子はなぐさめるように、ダリアをそっと抱きしめた。
 母様、泣かないで。そう言った後、幼いながらも、しっかりした声で少年は言う。
「――大丈夫だよ。何が悲しいのかわからないけど、父様がいない間、僕が母様を守るから」
 それと同じ言葉を、ダリアはどこかで耳にしたことがあった。
『――私が、イネス殿下を守ります』
 あぁ、そうか……ダリアは涙のわけを悟った。
 これは後悔の涙なのだ。自分は大事なものを、何も守れなかった。
 そして、イネスもまた何も守れずに、今も守るものがない戦いを続けているのだ――
「……母様?」
 透明な涙をこぼしながら、強く強く自分を抱きしめる母に、息子はただ首をかしげたのである。

 ローズティアの民から“銀獅子王”と呼ばれた国王イネス――その華々しい戦歴から、戦の神に愛された男とも、また常勝の王とも呼ばれたという。ローズティア王国の歴代の王の中でも、戦争に才能を発揮した王と言われており、生涯に数多くの戦に出陣したものの、敗北した数は片手で足りるとされる。
 国王イネスが広げた領土は一時期、光の王レオハルトの時代をも上回り、ローズティアの歴史の中でも最大の国土を誇った。
 しかし、戦争に関しては英雄と言うべき才能を持ち得たイネスだが、その反面、内政には余り興味を示さなかったとも言われる。
 その結果として、やがて奸臣たちが国を牛耳るようになり、国が腐敗する原因を作ったとされる。華々しい戦歴とは対照的に、国を治めることに関しては才のある王ではなかったというのが――後世の歴史家の評価だ。
 国王イネスが四十にもならぬ若さで没すると、彼の子孫たちは肥大し過ぎた王国をまとめる力を持たず、また王族同士による継承権の争いもあり、国は衰退した。
 そうして、やがてローズティア王国は五十年もの長きに渡り、混迷の時代を迎えることになる――


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