――次にグリフィスが目を覚ましたのは、柔らかな寝台の上だった。
「……うっ!」
グリフィスは呻き声を上げながら、まぶたを開いて、虚ろな藍色の瞳で周囲を見回す。
最初に少年の瞳に映ったのは、白い天井だった。
わずかに身を起こすと、腹に鈍い痛みがはしった。唇を噛みしめて、グリフィスはその痛みに耐える。
「くっ!……ここは……」
――ここは何処だ?
おぼろげだった意識が、少しはっきりしてくるとグリフィスはそう思う。
そこは彼にとって、全く見覚えのない部屋だった。
数十人は軽く入れそうなほどに、ひどく広々としていて、立派な家具や装飾品が並べられた室内――当然のことながら、グリフィスが今まで暮らしていた家や部屋とは、似ても似つかない。
飴色に輝く見事な家具や宝石で飾られた美術品など、決して裕福とは言えないの商人の養い子であるグリフィスには一生、縁がなさそうなものばかりだ。手を触れることはおろか、近づくことすらなかったであろう品々……。
いや、それを言うならばグリフィスが横になっている寝台も、とても庶民が寝るようなものではない。
大の男が五人は楽々と横になれそうな広さの、柔らかなシルクのシーツが敷かれた、立派な寝台。
おまけに腕の良い職人によって、精緻な細工がされたそれはどこをどう見ても、庶民が寝るような寝台ではない。それこそ、王侯貴族が寝るような華美な代物だ。
部屋の造りから家具に至るまで、見たことがないほど豪華な室内。
そんな部屋にいながら、目覚めたばかりのグリフィスの意識は覚醒しきっておらず、記憶にはもやがかかっていた。
――何処なんだ?この部屋は……。
頭が、割れるように痛い。
ひどい頭痛がする。体が節々が痛んで、だるい。
吐きそうだ。
鉛のように重い体に耐えながら、グリフィスは己を取り巻く状況を何とか把握しようと、必死に考えを巡らせた。
どうして、自分はこんな豪奢な部屋にいるのだろうか。まさか、誰かに連れて来られたのだろうか。いや、そもそも父さんや母さんやアイラ……家族と一緒に家にいたはずの自分がなぜ、こんな場所にいるのだろう?
さっきからズキズキと頭が痛むせいで、思考がまとまらない。父さん……母さん……アイラ……
「……っ!」
その時、下を向いたグリフィスは、己の爪に先にこびりついた赤い色を見た。
何だこれは……まさか、血?
その瞬間、グラリッと彼の視界は揺れる。
(……赤い血……誰の?……)
急に視界が暗くなり、辺りが真っ赤な血に染まったかのような錯覚におちいる――
「いやああああああっ!」
あの日、深夜に響いたアイラの絶叫。
廊下に飛び出したグリフィスが目にしたものは、この世の地獄だった。
「いやああっ!父さんっ!父さんっ!」
「あなたっ!あなたっ!」
血だまりの中に横たわる養父の亡骸。
泣き叫びながら、真っ赤な血に染まった父さんの亡骸に、必死にすがりつく母さんとアイラ……。
そして、そんな現実を受け入れられず、呆然と見つめるグリフィス。
まるで、悪夢だとしか思えない現実だった。だが、そんな哀れな少年を待ちかまえていたのは、さらなる絶望だったのである。
「グリフィス様」
名を呼ばれて、振り返ったグリフィスが見たのは、銀髪の痩せた若い男。
右手には血ぬられた剣……養父ハイラムを無惨に殺した男……。
その男の琥珀色の瞳は、まるで“蛇の目”のようだった。
――“蛇の目”をした男。
養父を殺されたことに激昂して、「お前がっ!父さんを殺したのかっ!」と叫んだグリフィスに、その男は冷ややかに笑いながら言う。
「そんなに、お怒りにならないでください。グリフィス様……いえ、グリフィス殿下。貴方は誰よりも高貴な身分なのですから、こんな平民の死に、いちいち自ら悲しむ必要はないのですよ」
グリフィス殿下。
誰よりも高貴な身分。
その“蛇の目”の若い男が何を言っているのか、養父を殺された少年には全く理解できなかったが、それが死者を侮辱するものだということだけはハッキリとわかる。
この男が吐き気がするほど、残忍な人物であるということも。
そして、それだけでグリフィスが愛する家族を奪った男に殴りかかるのは、十分だった。この残忍な男が、アイラから母さんから……グリフィスから父さんを奪ったのだっ!
「うおおおおおっ!」
獣のように唸り声をあげながら、その“蛇の目”の男に殴りかかったグリフィスだったが、その結果はひどく惨めなものだった。
「……無駄ですよ。グリフィス殿下」
殴りかかられても、薄ら寒い笑みを浮かべたままの男に、少年の拳はあっさりと受け止められて、逆にあごを殴り返されたグリフィスは「がっ!……は……」と苦しげな呻き声をあげ、床に崩れ落ちる。
悲しいほどに、彼は無力だった。
床に倒れ伏した少年は、その場から立ち上がることさえ出来ない。立ち上がらなければと、この養父を無惨に殺した男が憎いと心が叫んでいるのに、現実のグリフィスは指一本すら動かすことが出来ないのだ……。
視界が、意識が、うすれていく。
誰か……誰か助けてくれ……。
僕が気絶したら、母さんがアイラが……。
薄れる意識の中で、少年の藍色の瞳に映ったのは、養父を殺した“蛇の目”の男のひどく残酷な笑みだった――
「いやああああっ!グリフィスっ!グリフィスっ!」
……それで?
「助けてっ!助けてっ!グリフィスっ!」
……それから、どうなった?アイラが悲鳴を上げて、それから……あの男がアイラに向かって剣を……
「ああぁぁぁぁっ!」
アイラの恐怖に歪んだ顔と、意識が途切れる寸前、最後に耳にした愛しい少女の悲鳴を思い出して、グリフィスは絶叫した。アイラがっ! アイラが殺されるっ!父さんを殺した男に、アイラが―――っ!
「アイラあああああ―――っ!」
そうして、少年の意識は現在へと戻る。
アイラの悲鳴を聞いた後、意識が途切れて、気がついたらグリフィスの体は、見覚えのない部屋の柔らかな寝台に寝かされていた。
わからないことだらけだ。
いつの間に、こんな場所に連れて来られたのだろう。母さんは……?アイラはどうなった……?
意識が途切れる寸前、耳にした彼女の悲鳴が頭から離れない。
あれから、アイラはどうなったのか、考えるのも怖い。
グリフィスは血の気の失せた真っ青な顔で、ふらふらと立ち上がった。頭も体も、壊れるのではないかと思うほどに痛い。だが、じっとしていることなど耐えきれなかった。
――アイラっ!アイラっ!アイラっ!
グリフィスは寝かされていた柔らかな寝台から飛び降りると、半狂乱になりながら、幼い頃から共に育った少女の名を――誰よりも大事な少女の名を呼び続ける。
裸足のまま、広い部屋の中を歩き回って、家族の姿を探す。
どうか、返事をしてくれ。無事でいてくれ。母さん。アイラ――そう祈るような気持ちだった。そうすることしか、今の彼には出来なかったから。
あの時、グリフィスの意識が途切れる寸前に、アイラは確かに彼に助けを求めたのだ。
父さんを殺した“蛇の目”をした男に剣を向けられたアイラは、怯えた顔で叫んでいた。『助けてっ!助けてっ!グリフィスっ!』と。
だけど、あの時――グリフィスは男の手によって気絶させられて、彼女の声に応えられなかった。……助けられなかった。
そのこと思い出すと、いてもたってもいられない。あれから、アイラと母さんはどうなったのだろう。
「まさか……」
胸によぎった最悪の想像に、グリフィスは背筋を凍らせた。
無惨な養父の死に方が、脳裏に浮かぶ。まさか……。
その時、ギィと鈍い音をさせて、部屋の扉が開けられた。同時に、聞き覚えのある――だが、絶対に聞きたくなかった声がする。
「……おや?起きていらっしゃいましたか?グリフィス殿下」
その声に、グリフィスは目を見開いた。
扉の方を向いた彼の藍色の瞳に映ったのは、銀髪に琥珀色の目をした若い男――彼の養父を殺した男!
「――お前はっ!」
そう叫ぶと、怒りで我を失ったグリフィスは、あの夜と同じように、男に殴りかかろうとした。
だが、走ろうとした瞬間、急に激しい頭痛に襲われて、少年はガクッと床に膝をつく。
急に体を動かしたせいか、先ほどの吐き気がまた戻ってくる。気を抜くと嘔吐しそうになるのを、グリフィスはこらえた。
「ぐっ……ふっ……」
グリフィスはふらつく体をに叱咤して、立ち上がろうと努力するが、足はただガクガクと力なく震えるばかりで、一向に前に進んではくれない。
体が……体が、思うように動かない……動けっ!……
眼前の男が、誰よりも憎くて仕方ないのに殴ることはおろか、近寄ることさえも出来ない。
自分の余りの無力さに、グリフィスは唇を噛んだ。
そんな少年のあがきを冷ややかに見下ろして、養父を殺した“蛇の目”の男は言う。
「あまり無理はしない方が良いですよ。グリフィス殿下。王宮の侍医に言わせると、あと一日は安静にということでしたから」
そう穏やかに言う男を、藍色の瞳で睨みつけ、グリフィスは喉の奥から声を絞り出した。
「……アイラを……母さんをどうした……?」
グリフィスの問いかけに、痩せた蛇を思わせる男は、薄ら寒い笑みを浮かべた。
そうして、逆に問い返してくる。
「知りたいですか?グリフィス殿下」
「……当たり前だ。アイラを……母さんを返せ……」
養父を無惨に殺した男と話すなど、グリフィスは吐き気がした。だが、この“蛇の目”をした男に尋ねなければ、アイラや母さんの行方はわからない……。
拒否するだろうと思った“蛇の目”の男は、意外にもあっさりと首を縦に振る。
「いいでしょう。グリフィス殿下。ただし、ひとつ条件があります」
「……条件?」
男の言葉に、グリフィスは首をかしげる。
条件?何のつもりだ?
男はうなずいて、
「ええ。グリフィス殿下。貴方が私の父……ローズティア王国の宰相ロウランと、今から会っていただければ、彼女たちの居場所をお教えします」
と言った。
「……宰相?」
男の突拍子もない言葉に、グリフィスは眉根を寄せる。
宰相?この国の?
意味がわからないといった顔をする少年に、男はうなずいて言葉を続けた。
「ええ。そうですよ。グリフィス殿下……それで、私の父に宰相に会っていただけますか?」
「……」
その問いには答えず、グリフィスは無言で養父を殺した“蛇の目”の男を睨みつける。
父さんの命を奪った男の言葉に従うなど、死んでも御免だった。ましてや、グリフィスがこの国の宰相に会うなどという馬鹿げた話を信じる気には、到底なれない。
だが、もしグリフィスがそれを拒否すれば、囚われの身なのかもしれない母さんやアイラは……
少年は苦悩に満ちた顔で、男の言葉を受け入れるしかなかった。
その他の選択肢など、最初から彼には与えられていなかったのだ。
「……わかった。アンタの言う通りにする。だけど……」
藍色の瞳に深い憎しみを宿しながら、グリフィスは宰相の息子だと名乗った“蛇の目”の男に言った。
「――アンタの言うことを聞けば、アイラと母さんの居場所を教えてくれるんだろうな?」
偽りのない本音を言えば、養父を殺した男に、この場で復讐したい。
もっと言うなら、父さんの痛みと無念を思い知らせたうえで、この手で殺してやりたい。だが、母さんとアイラの身の安全を考えると、下手な動きをすることは命取りだ。
「ええ。お約束しましょう。宰相との対面が終われば、彼女たちの居場所をお教えしますよ」
グリフィスの問いかけに、琥珀色の瞳を細めて、その男はうなずいた。
そうして、部屋の扉を開けて、男は言葉を続ける。
「それでは、父の……宰相のところに、ご案内いたします。ああ……申し遅れましたが、私は宰相の息子のレザンと申します。以後、お見知りおきを。グリフィス殿下」
その男――レザンの言葉を無視して、グリフィスは歩を進めた。
宰相に会うために。
それが、さらなる地獄の幕開けになるなど、知りもせず……。
宰相の息子だと名乗ったレザンに連れられて、長い長い廊下を歩いた末に、グリフィスがたどり着いたのは衛兵が守る重厚な扉の前だった。
レザンは槍を構えていた衛兵に声をかけ、その場から下がらせると、扉の中に向かって呼びかける。
「父上!レザンです。グリフィス殿下をお連れ致しました」
その呼びかけに、中からくぐもった声が返ってくる。
「レザンか……入りなさい」
その重厚な扉を開けて中に入ると、そこは先ほどまでグリフィスが寝かされていた部屋よりも、さらに広くて豪奢な部屋であった。
どこまでも高い天井。
部屋の至るところに飾られた華やかな美術品。
キラリキラリと眩しいばかりの輝きを放つ、シャンデリア。まるで王様の部屋みたいだ――とグリフィスは思う。
宰相に会うだとか、レザンが自分をグリフィス殿下と呼ぶ理由なんて、グリフィスにはよくわからない。だけど、こんな場所に自分のような商人の養い子がいることは、ひどく場違いだと感じる。
もし叶うならば、一刻も早く、この場から立ち去りたかった。逃げたと、罵られても構わない。ただ我が家に帰りたかった。だが、そうするわけにはいかない。
グリフィスの行動に、アイラと母さんの命がかかっているのだから……
「お待ちしておりました。グリフィス殿下」
レザンとグリフィスが部屋の中に入った途端、その部屋の中央に座っていた中年の男が、そう言って立ち上がった。
レザンが父上と呼んだ中年の男は、銀髪に琥珀色の瞳をしていて、年齢の差をのぞけば息子と瓜二つだった。冷酷な顔立ちも含めて、体格も声も全てが似ている。一目でレザンと中年の男が、血の繋がった親子だと知れた。
何よりもその“蛇の目”が、息子とソックリだった。
――似ている。養父を殺した男と。
そのことに、グリフィスは再び吐き気にも似た嫌悪感を覚えた。
養父を殺した男と、それに瓜二つな父親。
そいつらを前にして、平静を装うには、とんでもない忍耐をようした。ともすれば増悪に流されそうになる自分を、拳に爪をたてて必死に耐え、グリフィスは前を向く。
そんな少年の心境を気遣うこともなく、その息子と同じ“蛇の目”をした中年の男は、グリフィスの方に歩み寄ってくると、媚びるように言った。
「――殿下の王城へのご帰還を、お待ち申し上げておりました。グリフィス殿下。私はローズティアの宰相ロウランと申します」
中年の男――宰相ロウランの言葉に、グリフィスは不快そうに眉を寄せる。
何もかも意味がわからない。
なぜ、ただの商人の息子であるグリフィスを、殿下と呼ぶのか。
そして、王城に帰ってきたというのは……?
まるで、グリフィスが昔、王城で暮らしていたかのような言い方だ。少年は息を吐くと、首を横に振った。
「……たぶん人違いだろう。僕は、ただの商人の息子だ。グリフィス殿下なんて、呼ばれるような身分じゃない……それより、早く母さんとアイラを返してくれ」
グリフィスの反論は予測していたのだろう。ロウランは余裕の表情で、言葉を続けた。
「いいえ。人違いではありません。グリフィス殿下。貴方のお父上は、このローズティアの国王陛下なのです」
「……嘘だ。僕が国王陛下の息子だなんて、そんなことあるわけない!」
宰相の言葉を、グリフィスは否定する。
確かに、彼は父親の顔も……名前すら知らない。
亡くなった実母が、父は高貴な身分だという他に、何も教えてくれなかったからだ。だけど、だからと言って、自分が国王陛下の息子だなんて話をいきなり信じられるはずもない。
首を横に振るグリフィスに、宰相は息子のレザンとソックリな声で続ける。
「グリフィス殿下が信じられないのも、無理はありません。ですが、真実です……貴方の母君は国王陛下に愛されましたが、不幸にも政変に巻きこまれて、貴方を身ごもったまま城を去られたのですよ」
そうして、生まれたのが貴方というわけです――と、ローズティアの宰相ロウランは話を締めくくった。
「……」
グリフィスは無言だった。
いきなり明かされた出生の秘密に、頭がついていかないというのもあったが、それ以上に宰相とレザンの親子が自分に何をさせようとしているのか、それが怖かった。
いくら国王陛下が実の父親だといっても、生まれてから十数年もの間、何の音沙汰もなかったのに、今さら親子だからなどという理由で、迎えに来るはずもない。王妃でもない女が生んだ息子など、権力争いの火種にしかならないだろうに。
そう考えたグリフィスは藍色の瞳で、宰相と息子を睨んで言う。
「……それで、アンタたちは僕に何をさせたくて、ここまで連れてきたんだ?」
少年の問いに、宰相はホゥと感心したような声をあげる。
「グリフィス殿下は、聡明な方ですね。この状況で、そこまで考えが回るとは」
「うるさい。さっさと用件を言ってくれ!」
苛立ちを隠そうもせず、グリフィスは叫ぶ。
アイラと母さんのことが、心配だった……。
宰相と息子のレザンは顔を見合わせると、うなずき合って、宰相は再び話を続ける。
「ならば単刀直入に申し上げましょう。貴方のお父上である国王陛下は不治の病に侵されており、余命は幾ばくもないというのが、侍医の言葉です……そして、極めて不幸なことに陛下の世継ぎであった唯一の王子は先月、急な病で夭折されました。陛下に他のお子は、おられません。ですから……」
その先の言葉を、グリフィスは絶望と共に聞いた。
父さんが死んだ夜まで、幸せになれると信じてた。
貧しくても、父さんと母さんと……アイラがいれば、それだけで十分だった。なのに、自分にはそんなささやかな幸せすら、許されないのか……。
「――貴方が、このローズティアの王位を継ぐのです。グリフィス殿下」
それは断言だった。
拒否することすら、許されないほどの。
それでも、無駄と知りつつ、グリフィスはあがく。
「嫌だっ!今更そんなことを言われて、受け入れられると思うのか!僕は母さんとアイラと一緒に、家に帰るんだ!それに……アンタたちは父さんを……」
養父の最期を思い出し、涙があふれそうになるのを、少年はたえる。
優しかった父さんを、実母を亡くしたグリフィスを引き取ってくれた父さんを、この“蛇の目”の親子は!
絶対に嫌だ。
そう言い張るグリフィスに、今度は宰相の息子の方が言った。
「……帰る?どこに帰るというんです?グリフィス殿下」
「家に決まってるだろう!母さんとアイラと暮らす家だよ」
「ああ。そのことなら心配いりませんよ。あの家に帰る必要は、もうないですから……」
そう言って、レザンはクスッと笑うと、懐から何かを取り出した。
血のついた銀の指輪と……蜂蜜色の髪の束……蜂蜜色の髪?あれはアイラの……
「――――っ!」
それの意味するところを悟り、グリフィスは声にならない悲鳴をあげた。
「貴方の養父の妻と……娘のアイラでしたっけ?はもう殺してしまいました。これから王となられる方に、あんな身分の低い者たちは必要ありませんので。別に、悲しむ必要はありませんよ……」
グリフィス殿下が望まれるのでしたら、いくらでも代わりを用意できますから、というレザンの言葉はグリフィスの耳には届かなかった。
そんな下らない理由で、父さんを母さんをアイラを殺したのか?僕を王にする。ただ、それだけのために?
僕のせいで、父さんも母さんもアイラも殺されたのか、そんな馬鹿な……。コイツらはそんな下らない理由で、家族の命を――
「うがあああああああっ!」
宰相ロウランと息子のレザンに対して、グリフィスは明確な殺意を覚える。
飢えた獣のような叫び声をあげ、家族を……愛する少女を奪われた少年は、無茶苦茶に暴れた。
手近にあった壷を手に取ると、宰相に投げつける。椅子をかかえて、息子に殴りかかる。そうして、わけもわからず暴れているうちに息子に取り押さえられて、無理がたたったのか少年は気絶した。
そして、それから――
「……うぁ」
次にグリフィスが目を覚ましたのは、薄暗い場所だった。
……背中が痛い。
石畳の上に寝かされていたのだと気づいた彼は、痛みに歯を食いしばりながら、何とか身を起こす。
ここは何処だろうと思いながら、周囲を見回した。
わずかな灯りしかない場所。
薄暗くて、四方は灰色の煉瓦で囲われていて、外を見るための窓すらない。まるで――牢獄のようだ。
(……暗い)
(……寒い)
(……ここは、何処なんだ?)
グリフィスが不安に震えていた時だった。背後から、声をかけられたのは。
「――起きましたか」
背後からの声に、少年は顔色を変えて振り返った。
「誰だ……」
誰だっ!と叫びかけかけて、後ろを向いたグリフィスは息を呑む。
彼の後ろにあったのは、黒い鉄製の檻だ。
その檻の中にいたのは、人形のように美しい娘だった。
月光をとかしたような金の髪に、白磁の肌。神が作ったような完璧な美貌に、輝く宝玉のような真紅の瞳――
美しい。
あまりにも美しい少女が、その檻の中にいた。
その人間離れした美貌に、少年は言いようのない恐怖すら抱いたが、目を逸らすことなど出来はしない。
彼の言葉に、檻の中の少女はそっと真紅の瞳を伏せて、グリフィスに名乗った。
「――私の名は、フィアナ。このローズティア王国の魔女です」
と。
それが、後にローズティアを滅ぼした愚王と呼ばれることになる少年と、彼の破滅を見ることになる“王冠の魔女”の出会いだった。
Copyright(c) 2009 Mimori Asaha all rights reserved.