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女王の商人
モドル
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ススム
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モクジ
女王と商人1-4
「――シアが引き受けてくれて、本当に良かったわ。それと、貴女の仕事仲間には近いうちに挨拶にいかせるわね」
女王の商人になるための契約書に、シアが羽ペンでサインしたのを見届けると、エミーリアが当然のように言った。そう、まるで最初から決まっていたことのように。シアは状況がさっぱり飲み込めず、首をかしげるのが精一杯だ。
「……は?」
戸惑いの声をあげるシアに、エミーリア女王は追い討ちをかける。
「心配しなくても大丈夫よ。貴女たち二人なら、きっと上手くやれるわ」
にこにこと微笑む女王と対照的に、シアは怪訝そうに眉をひそめた。
仕事仲間?
シアは一瞬、自分が陛下の話を聞き逃していたのかと思ったが、そんなはずはないと思い直した。今までの会話の中で、その仕事仲間とやらの話などは、ただの一言も出てきていないと断言できる。
つまり、一緒に女王の商人をする仲間という意味なのか。
(気がのらないなあ……)
心の中で、シアはぶつぶつと愚痴った。
誓って言うが、シアは別に仲間をつくるが嫌いな一匹狼というわけではない。そもそも、彼女がそんな性質であったら、商会の後継ぎなど目指さないだろう。だからと言って、一人で仕事をするのが好きという行商人タイプでもない。むしろ、有能な仲間なら、何人いても損はないと思っている。
だが、それも気心の知れた間柄ならだ。
リーブル商会の仲間ならともかく、いきなり違う商会の商人と組まされるのは、はっきり言ってシアは嬉しくない。それならば、いっそリーブル商会の誰かに手伝ってもらえるほどが、よほど有難いと思う。出来るならば、遠慮したい。
そう考えた彼女は、どうやったら女王陛下への非礼にならずに、その申し出を断れるのかどうか必死に頭をひねりだした。
「有難いお言葉ですが、あの……」
何とか断りの文句を言おうと奮闘するシアに、エミーリア女王は華のような微笑みを浮かべて言った。
「シア。貴女と一緒に仕事をしてもらうのはね……アレクシス=ロア=ハイライン。ハイライン伯爵家の嫡男よ。剣の腕も立つらしいし、年齢も十八歳で貴女と近いから、きっと良い仲間になれるんじゃないかしら?」
「……はあ」
にこやかに喋る女王に、シアは何も言うことが出来なかった。
(貴族と組むなんて冗談じゃないっ!)
それが、シアの偽らざる気持ちであったが、女王陛下に向かって口に出せるわけもない本音でもあった。
商人でもない貴族と組むくらいなら、まだライバル商会の商人と手を組む方が、シアにとっては余程マシである。つまり、絶対に嫌だということだ。大体、商売の場において、剣が得意であろうが教養があろうが何の意味があるのだ。
絶対に断ろう。
「あの……」
そう堅く決意して、シアはエミーリア女王を仰ぎ見た。
「もちろん、仕事仲間と言っても彼は貴族で商人じゃないから、交渉事はシアに任せるわ。ただ仕事をするうえで、いろいろな場所に行ってもらうことになるでしょうから、護衛と思ってもらえれば良いわね」
すらすらと淀みなく喋るエミーリアに、シアは反論の余地を見出せない。エミーリア女王としては、各地を旅するだろうシアの身を案じてのことだろうし、その厚意を無にするなど許されないことだ。というか、貴族が嫌いだからなんて理由は、言えるわけもない。
「あの……」
それでも、何か言いかけたシアに、女王陛下は満面の笑みで言った。
「貴女たちなら、きっと私の願いを叶えてくれるって、信じているわ!」
自分の意地と、女王陛下の信頼。
シアはその二つを天秤にかけ、がっくりとうなだれた。
比べる前から、その結果は見えている。
「……お任せください。女王陛下」
始まる前から、その勝負の結果は決まっていたのだ。
「では、これから一年間よろしくね。シア」
エミーリアは上機嫌で言うと、女官のルノアを呼び出し、シアを謁見の間より下がらせた。
「ふふふ」
シアの背中を見送ってから、美しい女王はクスクスッと軽やかに、まるで少女のような笑い声を上げた。こんなに心から笑えたのは、久しぶりと言っていい。
シア=リーブルは、エミーリアが期待していた通りの娘だった。彼女ならば、自分の願いを叶えてくれるかもしれないと、女王は少しだけ期待する。いや、ぜひ叶えられるべきだ。理想は夢見るものではなく、実行するものなのだから。
そんなエミーリアの前では、クラフトが苦笑を浮かべていた。
「女王陛下も、お人が悪いですな」
クラフトの言葉に、エミーリアは優雅に微笑して、手元の酒盃を傾けた。ちゃぷん、と深紅の葡萄酒が揺れる。
「あら?何のことかしら?クラフト」
「決まっているではありませんか。私の娘と彼を一緒に行動させるなど、例えて言うなら、水と油を混ぜるようなものでは?」
「ふふふ。水と油か……きっと、そうでしょうね」
上手い例えだと、エミーリアは苦笑する。
「そう思われているのに、なぜ彼らなのですか?」
大商人と言われるクラフトでさえも、この麗しい女王の思惑を読むことは叶わない。
「――それでも、彼らが同じ視線で同じものを見ることには、きっと意味があるのよ」
この国の未来のために、エミーリア女王はそう呟くと、透きとおるオリーブの瞳を細めた。
「全て、女王陛下の御心のままに」
これからの騒動を予想しつつも、クラフトはそう言って、うやうやしく頭を垂れたのである。
シアが貴族を嫌うようになったのは、祖父のことが原因だった。
「はああ……」
シアは机の上に行儀悪く肘をついて、不満そうな表情を浮かべていた。
女王陛下の城から、住み慣れたリーブル商会に戻ってきて三時間も経つが、シアはずっとこんな調子なのである。不機嫌さを隠そうともしないシアに、エルト、アルト、カルトの三つ子が後ろでひそひそと、声をひそめて喋っている。
「どうしたんだろう?お嬢さん外から帰ってきてから、ずっと不機嫌だよな」
そう言って、エルトが首をかしげた。
「まさか……あの件がバレたんじゃないだろうな?カルト」
アルトはギョッとした顔で、カルトの方を向く。
「あの件って、お嬢さんの日記にコーヒーぶちまけて、何もなかったフリして本棚に戻しといたやつか?それとも、お嬢さんの買ってきたケーキを、俺たち三人で勝手に食べたうえに、旦那さまのせいにしたことか?いやいや、どっちも絶対にバレてないはずだ!」
自信満々に胸を張るカルトに、シアの堪忍袋がプチッと音を立てて切れた。
「全部、聞こえとるわあああああっ!このアホ三つ子があああああっ!」
シアが顔を真っ赤にして、どう怒鳴った瞬間だった。
「うるせぇなあ……何やってんだ?シア」
そう言いながら、部屋の中に入ってきた男に、シアはひくひくっと口元を引きつらせた。
「お帰りなさい。昨日はお楽しみだったみたいね。爺さん?」
シアの言葉に、男はニヤッと皮肉気に笑って、気障な仕草で帽子を脱いだ。
「モテるお爺ちゃんで嬉しいだろう?シア。ひひひひっ」
ひひひっと軽快に笑うのは、初老の男だった。
きっちりと撫で付けたロマンスグレーの髪に、ちょっと垂れ目がちな緑の瞳。その顔立ちは老いてなお端正で、しゃんと背筋を伸ばした男の姿は、実際の年齢よりも遥かに若く見られるだろう。洒落た黒壇の杖を持つ姿は、まさに伊達男である。
エドワード=リーブル。
リーブル商会の創業者にして、シアの祖父である。
酒好きかつ女好きという、孫のシアから見てもどうしょうもない不良老人であるが、一代でアルゼンタール王国一の商会を作り上げた傑物である。それも貧しい家の生まれで、一文無しから出発したというのだから、天才としか言いようがない。
まあ、シアに言わせれば、不良ジジイの一言であるが。
「爺さん。色町通いも、いい加減にしたら?もう良い年なんだから」
シアの呆れたような視線にも、エドワードはカッカッと高笑いするだけだ。
「ひひひっ、シアは真面目だな。俺の孫とは思えねぇくらい。相変わらず、金勘定しか興味がねぇのかい?」
祖父の言葉に、孫は顔をしかめた。
「……余計なお世話」
「もったいないねぇ。見た目だけは美少女なのに」
「誰が見た目だけだあああああっ!」
「ひひひっ」
馬鹿馬鹿しい会話を繰り広げる間にも、エドワードは右手の杖を決して手放さない。
いや、手放せないのだ。
エドワードの左足はつぶれて変形し、杖がなければ満足に歩くことも出来ないから。
シアがその理由を知ったのは、ずっと前のことだ。
祖父は幼い日に、貴族の馬車にはねられて、こうなったのだという。
おそらくは、御者の不注意だったのだろう。街中で遊んでいた五歳のエドワードに、御者は気付かずに馬車を進めて、その小さな足を車輪に巻きこんだ。肉がひしゃげ、骨が折れる。それはそれは凄惨な事故であったのだと。
幼い祖父は火がついたように泣き叫び、そばにいた姉は甲高い悲鳴をあげた。
だが、馬車は――
貴族を乗せた家紋入りの馬車は――
「……」
何も言わずに、その馬車から降りることすらなく、遠くに走り去ったのだという。
足を失った幼子に駆け寄ることもなく、その涙をぬぐうこともせず、去っていったのだと。
その日から、エドワードが杖を手放したことはない。
幸いにも一命は取り留めたものの、ようやく医師がやってきた時には、すでにエドワードの左足は取り返しのつかない状態になっていた。すぐに医師に見せれば、わずかながらも治療の見込みがあったかもしれない。だが、貴族は見殺しにしたのだ。
平民の貧しい子供一人など、救うに値しないということなのだろうか。
反吐が出そうだ。
でも、それが時代の現実なのだろう。
「どうして?王都警備隊は何もしてくれなかったの?」
成長してから、そう尋ねたシアに、エドワードはゆるゆると首を横に振った。
「そういう時代じゃなかった」
たった一言だけ。それだけ言うと、エドワードは口をつぐんだ。
「……」
祖父が子供の頃は、今よりもずっと貴族が力を持っていた。だから、その事故はもみ消されることになったのだろう。平民一人ひいたところで、物の数に入らぬと。
それを悟った日から、シアは貴族が嫌いになった。
もちろん、全ての貴族がそんな腐った輩だとは、シアも思っていない。
商人にも色々な人間がいるように、良心のある貴族や親切な貴族だって、この国に沢山いるはずだとは思う。だが、頭で理解することと、心が納得することは違う。幼い日に抱いた貴族への不信感は、未だにシアの心から消えることがないのだ。
「そういや、クラフトから聞いたぞ」
エドワードは笑うのをやめると、ふと思い出したように言った。
「ん?」
「シアが女王陛下の……えーっと、何だっけな?あ、そうそう、パシリになったってやつ」
「誰がパシリだああああっ!商人をやるに決まってるでしょうがっ!」
相変わらず失礼な祖父だと、シアは鼻息を荒くする。
「ああ、そうだっけな。まあ、どうでも良いんだけど、王剣と一緒なんだってな」
「どうでも良くないっ!……王剣?」
腹立たしげに怒鳴った後、耳慣れない単語にシアは首をかしげた。
王剣?
王の剣?
聞いたこともない言葉だが、どういう意味なのだろうか。今日、エミーリア女王陛下から話を聞いた限りでは、剣とは何の関係もない気がするが。というか、王剣と一緒って言われても、剣の心得なんか皆無のシアでは役に立たないのに。
目を白黒させるシアに、エドワードの方も驚いたようだった。
「俺はシアが、ハイライン伯爵家の若様と一緒に仕事するって聞いたんだが、違うのか?」
「いや、それはそうなんだけど……王剣って?」
「知らないのか?ハイライン伯爵家って言ったら、歴代の騎士団長を輩出した名門じゃねぇか。何でも、初代の当主が国王陛下から聖剣オルバートを賜って以来、ハイライン伯爵家は王剣と呼ばれるようになったんだと」
「ふーん。そうなんだ」
「……興味なさそうだな。シア」
暇そうに机上の文鎮をいじくるシアに、エドワードは呆れた顔をする。
「だって、騎士なんて前時代の遺物でしょ?」
シアは冷めた口調で言う。
武勇に長けた騎士たちが、大陸中を駆け巡り、勇ましく剣を振るった時代は今は昔。
それから百年。平和な時代が長く続くにつれ、勇猛な騎士たちは存在意義を失って、戦場で剣を振るうこともなくなった。最近では、たとえ騎士の家系に生まれた若者でも、ろくに剣を学ばぬ者も少なくないという。今となっては、騎士道など物語でしかお目にかかれない。
ロマンを全く理解しない孫娘に、エドワードはやれやれと肩をすくめた。
「はああ……シアは夢がねぇなあ。騎士様だぞ、騎士様!たまには若い娘らしく、頬でも染めてみちゃどうなんだい?」
エドワードは、まるで道化のような口調で言う。
辛い過去を持っているだろうに、何でもなかったように振る舞う祖父を、シアは凄いと思っているし尊敬もしている。恥ずかしいので、本人には絶対に言わないが。おそらく、エドワードは過去を思い出すことはあっても、全ての貴族を恨んでいるわけではないのだ。
――貴族だろうが平民だろうが、良い奴も悪い奴もいるさ。それが当たり前だ。
そう、あっけらかんと言える祖父は正しいと、シアだって思う。むしろ、そういう柔軟な考え方ができたからこそ、エドワードは商人として大成したのだろうと。だが、それでシアが貴族を好きになれるかどうかは、全く別問題である。祖父がいうような気持ちには、なれそうもない。
(あたしは、貴族も騎士も好きじゃない!)
王剣だか何だか知らないが、アレクシス=ロア=ハイラインにシアが好意的な感情を抱くことなど、天地が引っくりかえっても有り得ない。
(ああ、そういや廊下でぶつかった嫌な男も、騎士だったな……)
騎士という言葉に、シアは廊下でぶつかった青年を思い出して、不快そうに顔を歪める。
黒髪の端正な顔立ちが、頭をよぎった。
それと同時に、その騎士と交わした不愉快な会話も思い出し、シアはギリッと唇を噛む。
「――仲間が騎士でも何でも、あたしには関係ないね。商人が信じるべきは、夢でもロマンでもなくて、金貨の重みなんだから」
そう、物語に出てくるような騎士は大陸の何処にもおらず、シアは守られる姫君でなく商人なのだから。
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