女王の商人

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  古城と商人3-4  

 アレクシスとセドリックの主従が、そんな会話を交わしていた頃、リーブル商会では和やかな笑い声が響いていた。
 王都リーブル商会の応接間。
 アルゼンタール王国一とも称されるリーブル商会とあって、その室内も立派なものだ。
 普段、商売相手の客人は当たり前としても、時として国を代表する貴族が訪れることさえある場所である。商談を始める前から、相手に甘く見られることが決してあってはならないという長・クラフトのモットーにより、その部屋は優美かつ華やかに整えられていた。
 つやつやとした飴色に輝く、最高級の家具の数々。
 それらの美しい家具が、稀代の名職人と名高いイーニアスの手によるものだということは、見る者が見ればすぐにわかったに違いない。その芸術品という域に達しつつある家具の価値も、同時にそれらを惜しみなく集めている、リーブル商会の持つ力も財力も。
 さりげなく飾られた絵画も、薔薇をいけた花瓶も全て、見る目がある者が見れば価値のわかる一級品だ。
 この部屋を訪れた者は皆、ただの一人の例外とてなく、リーブル商会の実力を思い知らされることになる。大貴族も商人も関係なく、その部屋にある全てのものが、審美眼のある者ならば惹かれずにはいられない本物ばかりなのだから。その価値がわかる者ほど、沈黙せざるおえない。
 そして、悟るのだ。
 リーブル商会と争うことは、決して得策ではないと。
 力のある者ほど、より大きな力を持つ者を理解するという。二代目の若造とクラフトの長としての力を侮っていた者も、リーブル商会を利用しようと企む者も、この応接間を出る頃にはそのことを悟る。それすら悟れない商人は、再びこの応接間に足を踏み入れることさえ叶わない。
 それこそが長・クラフト=リーブルの狙いだった。
「ははっ、久しぶりだなぁ。オスカー!しばらく会わなかったが、元気だったかい?行商の調子はどうだ?」
 その応接間から、クラフトの笑い声が響いている。
 部屋の中央。立派な飴色のテーブルで向かい合っているのは、リーブル商会の長・クラフトと、彼からオスカー――と呼ばれた男だった。
 黒髪に、わずかに青のまじった灰色の瞳。
 年は三十後半……多分、クラフトと同じ年ぐらいだろう。
 クラフトのように、女にモテる優男という感じではないが、実直そうな灰色の瞳は信頼に値するものに思える。がっしりとした体格とは対照的に、柔らかにほころんだ口元と、やや下がり気味な眉からは、優しげな印象を受けた。そんな彼を見ていると、シアがオスカーおじさま、と親しげに呼んだのもうなずけるというものである。
「まぁまぁ。商売繁盛とは言わないが、それなりにやってるよ。そっちはどうだ?クラフト」
 オスカーはそう答えると、出された紅茶に口をつけつつ、同じ問いを返した。
「おかげさまで。こっちも何とかやってるよ。最近の悩みといえば、最愛の娘シアに邪険にされていることぐらいかな!あははっ!」
 悩んでいると言いつつ、ケラケラと笑うクラフトに、オスカーは呆れたような憐れむような微妙な表情を浮かべる。
「最愛の娘に邪険にされてるって……お前が、シアに邪険にされているのは、かなり昔からな気がするが。クラフト」
 そう遠くない過去を思い出しつつ、オスカーはため息をもらす。
 彼の記憶が正しければ、シアが六歳ぐらいの時にはすでに、今のような親子関係でクラフトは娘にウザったがれていた気がする。まぁ、それが年々、過激になっていくのは否定はしないが。
 クラフトからすれば、亡き妻エステルによく似た顔立ちで、同時に忘れ形見でもあるシアが可愛くて可愛くて仕方ないのだろう。それは、オスカーとて理解できなくはない。だが、だからと言って、かまいすぎなのは考えものだ。娘を溺愛しているのは疑う余地がないが、クラフトの楽観的すぎる性格と策士なところが、シアがうっとおしがる理由だろう。
 もっとも、それを告げたところでクラフトが態度を改められると思えないので、オスカーは何も言わないが。それでいて、仲が悪くないどころか、むしろ仲が良いのだから不思議な親子である。
「いやいや、ウチのシアは照れ屋だからね。それも愛情表現ってやつなのさ!オスカー」
「……いや、お前のそういうところ邪険にされる原因じゃないのか?クラフト」
「え?何か言ったかい?オスカー」
「……もういい。相変わらず、お前は人の話を聞かないな」
 クラフトとオスカーが親しげな、かといってかみ合わない会話をしているのを、応接間のドアの隙間から覗き見ている者が居た。しかも、三人も。
「なぁ、エルト、アルト。あの旦那さまと話している人は、誰だと思う?」
「さぁ……ただ、あの旦那さまと対等に話せるってことは、ただ者じゃないだろうな。カルト」
「あの人が首から下げてるの、銀貨でしょう?ってことは、商人なのかなあ?」
「「「うーむ」」」」
 エルト、アルト、カルトの三つ子は、そろって首をかしげる。
 彼らの疑問はただ一つ、応接間で彼らの長・クラフト=リーブルと会話をしているのは、何者かということだった。
 三つ子が興味を惹かれるのも、当然といえば当然のことだった。リーブル商会の人間ならば、上から下まで承知していることだが、この応接間に通されるのは商会にとって重要な人物に限られる。腕利きの商人や大貴族など、誰でも入れるというような場所ではないのだ。
 この応接間に入るのには、地位も財産も問題ではない。ただ、リーブル商会の長・クラフトに認められれば良いのだ。ただ、それが大金を積むより遥かに難しいことを、ここの商会の人間ならば、見習いに至るまで誰もが理解している。
 だからこそ、応接間を訪れた人の素性について、彼らが知らないというのは稀なことだった。おまけに、その男性が長と親しそうに喋っているのを聞けば、ついつい覗き見をしたくなるのが人の性というもの。
「誰なんだろうね?あの人は」
 カルトの言葉に、エルトとアルトも腕組みをして、首をひねるしかなかった。
 リーブル商会に限らず、アルゼンタール国内で商売に関わる者ならば皆、クラフト=リーブルの名はよく知られている。
 その優雅とさえ言える貴族的な物腰と、整った優しげな顔立ちから、しょせん二代目の苦労知らずと侮る者もいないとは言えない。だが、そうやってクラフトを侮った人間が、いかに痛い目を見させられたか、今では知らぬ者はいない。
 穏やかな物腰も、優しげな風貌も、それがクラフトの商人としての本質でないことを侮る者は思い知らされるのだ。
 彼の父エドワードは生きる伝説と称されるほど優れた商人だが、クラフトに接した者も皆、その商人の血が息子にも受け継がれていることを悟るのである。
「おーい。何してんだ?三つ子」
 応接間の会話に気を取られていた三人は、後ろから急にかけられた声に、思わず叫びそうになった。
「うぎゃ!うぎゃ、うがが!」
「のわっ!のおおお!」
「ひょえええ!ひいいいい!」
 覗き見をしていたという後ろめたさと、急に声をかけられた驚きから、三つ子は人間とは思えない奇妙な悲鳴を上げる。
 もちろん、大声をあげたら応接間の中の人に気づかれるので、声は抑えて。
 それから、スーハーと深呼吸して、ようやく落ち着いた三つ子は声をかけた人の名を呼んだ。
「「「大旦那さま!」」」
「よっ!んなとこで、何してんだ?エルト、アルト、カルト」
 大旦那さま――シアの祖父エドワードは、驚きの声をあげる三つ子に、よっ!と片手をあげて挨拶をする。
 生きる伝説とまで称賛される商人なのに、その振る舞いからは、全く堅苦しさがない。
「それは、むにゃむにゃ……」
 覗き見をしていた後ろめたさから、エルトは言葉をにごしたが、アルトは逆に前に出るとエドワードに問いかけた。
「大旦那さま。応接間で、長と話しているのはどなたですか?」
 アルトの質問に、エドワードはんーと考えた後に、ポンッと手を打った。
「応接間?ああ、オスカーのことか」
「はい。見たことのない人ですけど、首から銀貨ってことは、商人なんですよね?シアお嬢さんとも、顔見知りみたいだし」
 アルトはさらに言葉を続けた。
 首から、金貨、銀貨、銅貨のいずれかを下げるのは、ここアルゼンタールにおいては商人である証。だが、オスカーという人物は銀貨を下げているにも関わらず、三つ子は一度も会ったことがない。
「ああ、お前らが知らないのも無理がないよな。オスカーは、アルゼンタール国内を回ってる行商人だから、いつも王都にいるわけじゃないし……俺でも、会うのは二年ぶりぐらいじゃないか」
「「「行商人?」」」
「そっ。お前らみたいな新米は知らねぇだろうが、行商人のオスカー=ライセンスっていやあ、商人の間じゃ、それなりに名の知れた男だよ。まぁ、本人が目立つのが嫌いな奴だから、あんまり表舞台には出てこねぇが……かなーり優秀な男だぜ。その昔、まだ見習い時代にクラフトが、リーブル商会に来いって誘ったぐらいだからな」
「「「……それは、凄いですね」」」」
 普段の態度はともかく、クラフトの商人としての有能さを知る三つ子は、感嘆の声を上げた。
 他のことならばともかく、こと商売のことに関しては、クラフトは決して妥協をしない男だ。もっとも、そうでなければ、リーブル商会の長などという地位に居られないだろうが。
 だから、オスカー=ライセンスという人がいかに優れた商人だということが、言葉を交わす前から三つ子には理解できた。
「まぁな。結局、その話は断られちまったんだが……それ以来、クラフトの奴が気に入って、友人として付き合っているってわけだ。確か、シアが生まれる前からだから、もうかれこれ十六年くらいの付き合いじゃねーか」
 エドワードの説明に、三つ子はなるほど、とうなづいた。
「十六年の付き合いの友人か……親しいわけですね」
「シアお嬢さんが生まれる前からかあ……長いなあ」
「あれ?そういや、シアお嬢さんは?」
 カルトは思い出したという風に言うと、きょろきょろ、とシアを探すように辺りを見回す。
 さっきまで居たのに、どこに出かけたのだろう?シアお嬢さんは。
 その時、タイミング良くというべきか、彼らの耳に階段を上がってくる足音が響いた。
 コツコツという足音は、複数のもの。
 エドワードと三つ子が、その足音に気づいて階段に顔を向けた時、ひょいと銀髪の少女――シアが顔を出した。
「……そんなところで、何をこそこそ話してんの?爺さん、エルト、アルト、カルト」
 呆れたようなシアの視線に、三つ子は気まずそうに顔を見合わせると、ごにょごにょと誤魔化した。
「別に……ごにょごにょ」
「何でもありませんって。シアお嬢さん」
「お嬢さんが、気にするようなことは何も、ありません!」
「……ふーん」
 あからさまに挙動不審な三つ子だったが、シアはそれ以上、追及することはせずにエドワードの方を向いた。
「ねぇ、爺さん。オスカーおじさまは?父さんと一緒に、応接間にいるの?」
「ああ、応接間にいるぜ……おんや、珍しい。今日は騎士様も一緒なのか?シア」
 エドワードは返事をしつつ、シアの後ろに立つ長身の青年に目を止めて、珍しいという表情を浮かべた。
 孫娘の後ろには、漆黒の髪の青年アレクシスが立っている。
 アレクシスはエドワードと目が合うと、すっと優雅な仕草で礼を取った。
「お邪魔しております。エドワード殿」
 貴族の子弟らしい、非の打ちどころのない挨拶をするアレクシスに、エドワードは苦笑する。
 相変わらず、シアと一緒に仕事しているのが信じられないほどに、礼儀正しいというか、真面目な青年だ。いささか堅苦しすぎる気もするが、それは決して不快なものではない。
 凛とした真っ直ぐな眼差しと、隙のない物腰。
 王剣ハイライン。
 騎士の中の騎士と謳われるのも、納得できるというものである。
「いつも言ってるけど、俺のことはエドワード殿なんて、呼ばなくて良いんだぜ?騎士様。俺は一介の商人で、そんな大層な身分じゃねーからな。エドワードでいいさ」
 かつて何度か言ったことを、エドワードは繰り返す。
 その口調には親しみがあり、含むものは感じられない。
 シアはエドワードの足のことで、いまだ貴族を憎んでいるようだが、エドワード自身はすでに貴族を憎んではいない。
 貴族にも平民にも、極悪人もいれば善人もいるだろう。
 いや、幼かった自分を馬車でひいた上に見捨てた貴族には、いまだに憎しみを感じるが、それで失った左足が戻るわけではない。若いころには貴族という存在を、ひどく恨めしく思ったこともあったが、長い人生の中で憎しみを乗り越えるという術を、エドワードは見つけていた。
 ただ、シアには、あの幼い孫娘にはまだわからないだろう。憎しみという感情を、忘れるか、気付かないふりをするというのは容易いことではないから。
 それに、シアは――
「いいえ。お言葉は有難いですが、エドワード殿は女王陛下も信頼なさっている大商人ですから」
 ゆるゆると首を振るアレクシスに、エドワードは口に出しかけていた言葉をのみこんだ。
 シアが生まれてから十六年、ずっと胸の奥にしまっていた真実を、思わず口にしそうになった。自分も年だろうか、とエドワードは苦笑する。王剣の騎士とはいえ、数度しか顔を合わせたことのない青年に、恥も外聞もなく頼みごとをするところだった。
 どうか、守ってやってくれと。シアを助けてやってくれと。どうか、どうか――
「エドワード殿?」
 黙りこんだエドワードに、アレクシスが不思議そうな顔をした時だった。
「アレクシス――!何をしてるの――?」
 シアが応接間の扉の前で、待ちかねたようにアレクシスの名を呼ぶ。
「いいや、何でもない。引きとめて悪かったな。騎士様」
「そうですか?では、失礼いたします。エドワード殿」
 アレクシスはいささか釈然としない顔をしつつも、エドワードの言葉を信じて背を向けると、応接間の扉の前で待つシアの方へと歩いて行く。
「……」
 遠ざかる騎士の背中を、エドワードは複雑な気持ちで見送ったのだった。

「父さん、入っていい?」
 シアはコツコツと扉をノックすると、どうぞ、と応接間から返事がかえってくると同時に扉を開け、応接間に足を踏み入れた。その足取りは軽く、心なしか浮かれているようだ。
 そんなシアの態度に、アレクシスは首をかしげた。
 女王陛下からの新しい任務。ロゼリアの悪魔公の城に行く、というのはシアの気分をひどく滅入らせているようで、彼の目にはとても辛そうに見えたのだが、気のせいだったのだろうか?
 今のシアは、そのことを忘れているわけでもないだろうに、機嫌が良さそうにアレクシスの目には映る。
「オスカーおじさま!」
 彼女の上機嫌の理由を、応接間の扉を開けた瞬間に、アレクシスは理解した。
 シアはにっこり、と滅多にないほど満面の笑みを浮かべると、「オスカーおじさま!」と名を呼びながら、父親の横に立つ男に駆け寄ったのである。その態度は親しげで、客人というよりは、信頼する身内のような感じだった。
「やぁ、シア。おかえり」
「ただいま!オスカーおじさま!」
 にこにこと微笑むシアは、本当に嬉しそうだったので、何の説明もされていなアレクシスでも、彼女にとって「オスカーおじさま」が大切な身内のような存在であることは理解できた。
「こらこら、オスカーにアレクシス君を紹介する方が先だろう?シア」
 はしゃぐシアを、父親であるクラフトは苦笑まじりにたしなめる。
「あ、ごめんなさい!」
 シアは慌てて謝ると、アレクシスとオスカーを向かい合わせになるようにして、紹介をしようとした。
 アレクシスとオスカーの顔が合ったのを見届けて、シアは喋り出す。
「オスカーおじさま。さっきも説明したけど、あたしは今、女王陛下の商人をさせていただいているの。それで、彼がアレクシス……オスカーおじさま?」
 紹介をしようとしていたシアが、心配そうな顔をして言葉を止め、オスカーの顔をのぞきこんだ。
 オスカーの様子がおかしい。
 アレクシスの顔を見た瞬間、顔から血の気が引き、心なしか震えているようにすら見える。
「何で……」
 アレクシスと顔を合わせたオスカーは、絶句していた。
「……」
 その空気にのまれたように、アレクシスも何も言うことが出来ない。
 いや、そもそも彼は呆然とするしかなかっただろう。
 オスカーおじさまという人とは初対面だし、どこかで顔を合わせた覚えも全くない。にも関わらず、顔が合った瞬間、相手はオスカー――は絶句して、顔を青ざめさせているのだ。わけがわからないというしかない。
 それとも、気付かないうちに、このオスカーと何処かで顔を合わせていたのだろうか?ハイライン伯爵家は没落気味とはいえ、一応は名門貴族の部類に入るから、社交の場でそういったことがあったのかもしれない。
 アレクシスがそんな風に考えを巡らせていると、オスカーが震える唇で言葉を紡いだ。叫ぶように。
「――何で、君がこんなところにいるんだ?カーティスっ!」
 カ―ティス、という名に、それまで呆気に取られていたシアが、我に返る。
「カ―ティス?人違いじゃない?オスカーおじさま。彼の名は、アレクシスよ」
「……アレクシス?カーティスじゃないのか?」
 シアの言葉を、オスカーが反復する。
 ああ、とクラフトもうなずいた。
「そうだよ。オスカー。彼の名前は、アレクシスだ。人違いじゃないかい?」
「アレクシス……そうか」
 シアとクラフトの二人から説得されたことで、オスカーも冷静になったようだ。
 すまない、とアレクシスに頭を下げる時の声は、もう震えてはいなかった。
「騒いで、すまなかったね。貴方が、あまりにも知り合いに似ていたものだから……」
 オスカーの言葉に、アレクシスは軽く首を横に振る。
「いえ、気にしていません。カーティスというのは、俺の父の名なのですが……」
「君のお父上の……」
「ええ。カ―ティス=ロア=ハイラインというのですが……ご存じですか?」
 父の知り合いかと思い、アレクシスは父の名を告げた。
 アレクシスは幼いころから、父カーティスとそっくりな顔をしていると、身内からも他人からもよく言われた。母や執事であるセドリックの父に言わせると、年々、父の若いころに似てきているそうである。
 もちろん、年齢が全く違うから間違えられるようなことはないが、それでも息子の存在を知らない父の知り合いならば、驚くこともあるかもしれない。
「ああ、知っているよ。そうか、貴方が、君がカーティスの息子か……」
 オスカーはうなずくと、何かを懐かしむような目を、アレクシスに向けた。
「あー、オスカー?」
「あー、アレクシス?」
 それまで話から置き去りにされていたシアとクラフトが、ちょっと言いにそうに、それぞれの名を呼ぶ。
「あー、オスカー。積もる話がありそうなところ悪いんだが、そろそろシアとアレクシス君は馬車にのって、ロゼリアに行かないといけないんだ……急かせるようで悪いけど、女王陛下をお待たせするわけにはいかないからね。というか、君も同じ方向に行くんだろう?オスカー。それなら一緒に出発すれば、道中で話も出来るんじゃないかい?」
 そんなクラフトの提案に、オスカーより先にシアが飛びつく。
 父の親友として、幼いころから実の娘のように可愛がってもらっていたオスカーおじさまと、途中まででも一緒に行けるなら、憂鬱でしょうがなかったロゼリアへの道中も、少しは楽しくなりそうだと彼女は思ったのだ。
 今さらどんなに嫌がったとしても、ロゼリアの悪魔公の城には、女王の商人として行かなくてはならないのだ。ならば、少しでも恐怖をまぎらわせたい。
「オスカーおじさま。そうなの?じゃあ、一緒の馬車で行けば良いじゃない!ウチの一番おおきい馬車なら、オスカーおじさまの売り物も運べるでしょ?父さん」
 行商人であるオスカーの荷物も、一緒の馬車で運べばいい、とシアが提案する。
 たしかにリーブル商会の最も大きな馬車ならば、シアとアレクシスの二人だけでなく、オスカーと彼の積み荷を運ぶことも可能だ。
「オスカーが良ければね……どうする?オスカー」
 シアに返事をしつつ、クラフトはオスカーに尋ねた。
「それは……こちらとしては有難いが、良いのか?クラフト」
「ああ、もちろんだよ。オスカー。この借りは、いつか三倍にして返してくれれば良いから!」
 はははっ、と爽やかに笑うクラフトと対照的に、オスカーはげっそりとした顔をする。
「ありがとう……と、素直に礼を言う気になれないのは、なぜなんだろうな?クラフト」
「いやあ、そんなに感謝されるほどのことじゃないさ……それはそうと、そういうことで良いかい?アレクシス君?」
 少し考えこんでいたアレクシスは、クラフトにそう声をかけられたことで、ハッと我に返った。
「――ええ」
 うなずいたアレクシスは、どこか上の空だった。
 それは推測ではなく、騎士としての直感のようなもの。
 (ただの勘かもしれんが、何かが起こる気がする……)
 尊敬する父の死から、三年。
 父の夢を見たその日に、亡き父の知り合いと出会うなどということが起こるとは、夢にも思っていなかった。こんな偶然。起こそうと思っても起こせるものではない。いや、偶然……本当に、ただの偶然だけなのだろうか?何がとは上手く説明できないのだが、アレクシスはどこか運命的なものを感じずにはいられなかった。
 (父上……)
 そうして、それぞれが心に釈然としないものを抱えつつ、シアとアレクシス。そして、オスカーの三人は馬車に乗り、王都ベルカルンを出立したのである。
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