女王の商人

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  賢者と商人4−8  

「……どうしよう?今のマリーベルさんのアレ、放っておいても良いのかなぁ。あの男が、マリーベルさんを騙しているんじゃないの?」
 恋人のアシュレイと別れて、こっそりと家に戻っていく村長の娘――マリーベルの背中を見つめながら、シアは途方に暮れたように言う。
 薬師の村カノッサ。
 この薬師の村に伝わる、賢者エセルバートが残した――『賢者の書』。
 そんなカノッサの宝というべき『賢者の書』を、村長の娘であるマリーベルは無断で持ち出して、恋人に――アシュレイとかいう男に渡していた。
 この村の人間ではないシアには、それがどれほどの罪なのかはわからない。だが、人目につかないようにコソコソと行動するマリーベルの姿や、こんな深夜に家を抜け出していることを思えば、それが重い罪であることは理解できる。それが、村や家族に対する裏切り――許されない行為であることも。
 ましてや、マリーベルは『賢者の書』を守る村長の娘だ。
 彼女の立場で、このようなことをすることが、どれほどの罪になるか……。
 マリーベルの兄エドガーは、『賢者の書』について、こう言っていた――
『お貸し出来ない理由は簡単です。『賢者の書』は使い方を誤れば、とても危険なものだからですよ』
 どうか、賢者の書を貸してほしい。そう頼んだシアたちに、カノッサ村長の息子であり、薬師でもあるエドガーはそう言って断わった。
 同時に、書を貸せない理由として、こうも付け加えた。
『――薬と毒とは表裏一体なのです。どれほど優れた薬でも、もし使い方を誤れば、たちまち毒と成り果てる。賢者の書の内容は使い方によっては、人を生かすことも、あるいは殺すことも出来る……そのようなものを、簡単に貸し出すわけにはいきません』
 村長の息子としての責任感と、薬師としての誇りから、エドガーはきっぱりとシアたちの頼みを断わった。そんな彼が、こんな妹の行為を認めるだろうか?
 あの蜂蜜色の髪をした青年――エドガーは、妹のマリーベルのしていることを、知っているのだろうか。もし、彼が知らないのだとすれば、これが明らかになれば、大変なことになるのでは……。
 ――裏切り者っ!
 恋人に『賢者の書』を渡したマリーベルが、そう村人たちから罵られるのは、避けられないことだろう。
 それに、シアにはもう一つ、気がかりなことがあった。
 マリーベルの恋人らしい――アシュレイのことだ。
 綺麗な色合いの金髪に、青い瞳……端整で、優しげな顔立ち。穏やかな声と、洗練された振る舞い。容姿も雰囲気も、貴公子という表現がピッタリくる青年。しかし、そんなアシュレイに、シアは言いようのない不吉さを感じた。
 シアたちが耳にしたアシュレイとマリーベルの会話。
 それは、恋人同士のものというには、あまりにも不自然だった――
『――さぁ、そろそろ賢者の書を渡してくれるかな?マリーベル』
 そう優しげに言う、アシュレイ。
『――貴方は……アシュレイは賢者の書を、悪用なんかしないわよね?』
 不安そうな顔で、マリーベルは恋人を見つめていた。
『――馬鹿な小娘だ、と』
 そうして、『賢者の書』を受け取り、恋人のマリーベルと別れた後に、アシュレイが見せたゾッとするほど冷たい表情……。
 あの嘲笑うような声と顔は、間違っても恋人に向けるものではない。好きな人間に、あんな声と言葉を向ける人間がいるはずないと、シアは思う。
 (アシュレイ……あの男は、マリーベルさんを愛していない……)
 そうだとしたら、アシュレイが少女に近づいた目的は、ひとつしか考えられない。
 『賢者の書』だ。
 あの見た目だけは優しげな男は、マリーベルの恋心を利用して、賢者の書を手に入れるために近づいたのだろう。そうして、アシュレイに好意を寄せる少女の心を利用して、『賢者の書』を手に入れたのだろう――あくまでも、シアの憶測に過ぎないが。
 しかし、シアはそれがただの憶測だとは、どうしても思えなかった。
「そうだとしたら……許せない」
 アシュレイの歩き去った方角を見つめて、シアは怒りのこもった声で言う。
 彼女の心の中には、黙ってマリーベルの後をつけてきたという後ろめたさもあったが、それよりも女を騙す男への怒りが勝った。
 もし、シアの想像が正しければ、あのアシュレイとかいう男はマリーベルの恋心を利用し、盗みを働いた最悪の男だ――『賢者の書』を持ち出したマリーベルの罪は罪としても、とうてい許せるものではない。
「今、あたしたちが見たことを、お兄さんに……エドガーさんに言った方が良いんだろうね。だけど、そうしたらマリーベルさんが……」
 そこまで言って、シアは言い淀んだ。
 シアは『賢者の書』を手に入れたアシュレイの狡猾さを憎んだが、昨夜のマリーベルの行動を、彼女の兄・エドガーに伝えた方が良いと思いつつも、それを実行するにはためらいがあった。もし、シアたちがエドガーに今日の真実を告げれば、マリーベルを止められるかもしれない。だが、同時に少女の恋も終わるだろう。
 彼女の恋人が、シアの想像通りの男だとすれば、その方が良い気もするが、いずれにせよマリーベルの心は深く傷つくはずだ。
 別に親しいわけではないとはいえ、自分に親切にしてくれた蜂蜜色の髪の少女が、そんな風に傷つくのをシアは見たくなかった。アシュレイのことが、自分の勘違いであれば良いとさえ思う。
 騙されていたのだと知った時、マリーベルはどんなに傷つくだろうか……。
「ハア。どうする……?アレクシス」
 昨夜のことを、兄のエドガーに言うべきか、あるいは言わざるべきか。シアの心は揺れた。
 彼女の隣に立つアレクシスも、迷う気持ちは一緒だったようで、悩むように眉間にしわを寄せる。
 それは悩んでいる時の、彼の癖のようなものだった。
 しばらく沈黙した後、アレクシスは苦い声で答えた。
「あぁ。上手くいくかわからんが……まずはマリーベル嬢に、昨夜の話をしてみよう。何か事情があるのかもしれん。全てはそれからだ」
 そう言いながらも、アレクシスの心は晴れない。
 ――女王陛下の依頼である『賢者の書』。それを貸してもらうためには、それは避けられない道だ。
 それを重々承知しつつも、何か厄介なことになりそうな予感を、アレクシスはひしひしと感じる。
 賢者エセルバートが、カノッサの薬師のために書き記した書物――『賢者の書』。
 それが争いの種になりうることを、騎士の青年は見抜いていたのかもしれない。
「うん。そうだね」
 アレクシスの提案に、シアは首を縦に振る。
 まずはマリーベルさんに話を聞こう。
 何だかんだ言っても、それをしないことには話が進まない気がした。
「戻るか?村長の家へ」
 アレクシスの言葉に、シアもうなずいた。
「早く戻ろう。エドガーさんが起きてくる前に、村長さんの家に戻らないと……夜中に抜け出していたのが、バレちゃうもんね」
 いつまでも隠し通せることでないにしても、今、エドガーにそれを知られることは避けたかった。どうなるにせよ、まずはマリーベルに話を聞いてからで、その順番を違える気はない。
 シアとアレクシスの二人は、そう打ち合わせをすると、足早に来た道を戻って、マリーベルとエドガーの兄妹が住む家――村長の家へと帰る。そうして、家の者に気づかれないようにコッソリと、泊めてもらった自分の部屋へと戻った。
 それから、三時間も経たないうちに、「朝食ですよ」とエドガーが呼びに来て、朝食のテーブルで彼ら四人は――シアとアレクシスとエドガーたち兄妹は、再び顔を合わせることになったのである。

 その日の村長の家での朝食は、シアとアレクシスの二人にとって、かなり気まずいものだった。
「……」
 朝食が並べられたテーブルには、重苦しい沈黙が落ちていた。
 シアの隣にはアレクシスが座っていて、そのテーブルの向かい側には、エドガーとマリーベルの兄妹が座っている。彼らの兄妹の父である村長は隣村に出かけていて、今日の夜には戻ってくるということで、家にはまだ居なかった。
 しかし、四人もの人間が座っていながら、誰も何も喋ろうとはしない。
 不自然なほどの沈黙が、その場を満たしていた。
 カチャカチャカチャ、と食器の触れあう音だけが、静かな室内に響く。
 (ううう……空気が重い)
 そんな状況に、シアは息苦しささえ感じて、ハァと小さく息を吐いた。
 秘密を抱えているというのは、これほどまでに胸が重いことなのかと、改めて思う。
 昨夜のマリーベル行動を、兄のエドガーに悟られないようにしなければと思うと――自分のことでもないのに、シアは気が重かった。
 ゆっくりと顔を上げると、シアはマリーベルの方に視線を向ける。
 (昨夜のこと……マリーベルさんは、どう思っているんだろう?)
 シアの斜め向かいに座った蜂蜜色の髪の少女は、どこか虚ろな目をしながら、パンにバターをぬっていた。
 そのマリーベルの表情は、昨夜のことを後悔しているようにも、重い秘密を抱えて苦しんでいるようにも見える。薬師の村――カノッサの宝である『賢者の書』を、恋人のアシュレイに渡したことを、今になって後悔しているのかもしれない。
 それも当然のことだ。
 マリーベルは村人たちのことを、己の家族さえ欺いているのだから、その罪の意識に苦しまないはずがない。
 そんな少女の表情を見ていて、シアはこのまま昨夜のことを黙っていることが、本当にマリーベルにとって良いことなのかと、首をかしげた。たしかに、昨夜のことをシアとアレクシスが黙っていれば、『賢者の書』のことで、少女が家族や村人たちから責められることはないだろう――だけど、罪の意識はずっと彼女の心に、残るのではないだろうか……。
 シアがそんなことを考えていると、薬師の兄・エドガーが、ふいに彼女に声をかけてきた。
「――昨夜はよく眠れましたか?シアさん。アレクシスさん」
 妹と同じ蜂蜜色の髪をした青年・エドガーは、客人たちにそう尋ねる。
 いきなり話をふられたシアは心の準備が出来ておらず、食べかけのパンを飲みこんでしまって、ゲホゲホッとむせた。よりにもよって、昨夜のことを聞かれるとはっ!
「まぁ……」
 ゲホゲホッと咳きこんでいて、返事もままならないシアの代りに、アレクシスが曖昧に答える。だが、根が正直者なので、答えは自然と歯切れの悪いものになった。
「――色々と世話になって申し訳ない。エドガー殿。こうして、泊めていただいたうえに、食事まで……」
 感謝する、と頭を下げたアレクシスに、エドガーは「いえいえ」と首を横に振り、妹のマリーベルの方を向いた。
 そうして、どこか含みのある低い声で、妹に問う。
「よく眠れたのなら、良かったです。アレクシスさん……なぁ?マリーベル?」
 話を振られたマリーベルは一瞬、狼狽したように、ビクッと身を震わせた。
 そして、まるで人形のようにぎこちない仕草で、兄の言葉にうなずく。
「ええ。そうね。エドガー兄さん……」
 無理につくったような笑顔を見せた後、マリーベルは気分が悪そうに額に手をあて、青ざめた顔で椅子から立ち上がった。
「……ごめんなさい。少し気分が悪いの。部屋に戻ってもいい?」
 そう言って、部屋から出て行こうとした妹の背に、エドガーは鋭い言葉をぶつけた。
「――昨夜は家を抜け出して、どこに行っていたんだ?マリーベル」
 兄の言葉に、部屋を出ようとしていたマリーベルの足が、ピタリっと止まる。
 シアやアレクシスは、話の内容に不穏なものを感じつつも、兄妹の間にただよう張りつめたものを感じ、口を挟めない。
 足を止めた妹は振り向くと、ゆるゆると首を横に振り、かすれる声で答えた。
「どこって……ずっと、私は家に居たわ。エドガー兄さん」
「――嘘だな」
 マリーベルの返事に、エドガーは失望したように眉根を寄せると、吐き捨てるように言う。
 蜂蜜色の髪をした青年の顔には、愛する家族に裏切られたという、悲しみが宿っていた。エドガーだって、本当はこんなことはしたくないのだろう。可愛い妹の罪を、自ら暴くような真似は。
「嘘なんかじゃ……」
 ない!と否定しようとするマリーベルを制して、エドガーはポケットをさぐると――銀色の鍵を取り出した。
「……これが何の鍵か、わかるだろう?マリーベル」
 その銀の鍵と、兄の顔を交互に見比べて、蜂蜜色の髪の少女は息をのんだ。その焦げ茶の瞳には、隠しきれない絶望の色がある。
「鍵っ!それは……っ!」
 マリーベルは、悲鳴のように叫ぶ。
 そんな妹とは対照的に、エドガーは「そうだ」とうなづくと、無表情のまま淡々とした声で告げた。
「そうだ。これは『賢者の書』を保管する書庫の鍵だ。マリーベル……この鍵がなければ、何人たりとも『賢者の書』に近づけない。そのはずなのに、昨夜、書庫から『賢者の書』の一部が持ち出された……その意味がわかるか?」
 その兄の言葉で、マリーベルはハッキリと悟った。兄は『賢者の書』を持ちだした犯人として、自分を疑っているのだと。いや、疑っているというのを通り越し、確信しているのだと!
「エドガーさん……」
 驚いたような顔で、シアが兄の名を呼ぶ。
 その言葉に、自らの勘違いを悟ったのは、妹のマリーベルだけではなかった。シアもまた、己の間違えに気づいた。エドガーは妹の昨夜の行動を、すでに知っていたのだと。
「お前のことを信じたかったよ。マリーベル。だけど……」
 エドガーは悲しげな瞳で、自分に良く似た妹を見つめると、静かな声で言った。
「――書庫の鍵の在りかを知っているのは、村長の父さんと私と……お前だけだ。マリーベル。お前だけなんだよ。書庫から『賢者の書』を持ち出せるのは」
 賢者の書を持ち出せるのは、鍵の在りかを知っているお前だけなんだよ。マリーベル。
 エドガーはもう一度、同じ言葉を繰り返した。
 それは、罪人を裁く行為にも似ていた。
「エドガー……兄さん……」
 問い詰められたマリーベルは、もはや反論する気力もないようで、虚ろな焦げ茶の瞳で兄を見つめた。
 そんな妹に哀れむような目を向けて、エドガーは続ける。
「お前が、このところ妙な男と付き合っているのは気がついてたよ。名前は知らんが、あの金髪に青い瞳の若い男だろう?……大方、『賢者の書』を持ち出したのも、あの男の差し金か?あの男に何を言われたか知らんが、お前は騙されているんだよ。マリーベル……」
 厳しいエドガーの言葉は、妹を心配するがゆえのものだった。だが、恋は盲目とはよく言ったもの。兄の心配は、マリーベルの心には届かない。
 マリーベルは顔を上げると、キッと焦げ茶の瞳で兄・エドガーを睨んで、高い声で叫んだ。
「――アシュレイはそんなことしないわっ!あの人は私を騙したりしないっ!彼は誇り高い貴族なのよ!」
 貴族。
 その少女の言葉に最初に反応したのは、エドガーではなくて、アレクシスの方だった。
「貴族……?あの男が……」
 ハイライン伯爵家。又の名を、王剣ハイライン。数多い貴族の中でも、名門に属する騎士の青年はそう呟いて、首をひねった。あのアシュレイという青年が貴族なら、どこの家の者だろうか……?
「落ち着け。マリーベル。貴族だか何だか知らんが、彼がアシュレイとやらが、本当にお前に恋をしているのなら……」
 そこまで言って、エドガーはためらうように口を閉じる。その先を言えば、妹がひどく傷つくであろうことは、容易に想像がついた。その傷は簡単には、癒えないであろうことも。だけど、マリーベルのためを思えば、絶対に言わねばならない。
「――本当にアイツが、アシュレイとやらがお前に恋をしているなら、家族に黙って『賢者の書』を持ち出せなんて、お前に言うはずないんだ。違うか?マリーベル」
 エドガーのそれは、決定打とも言うべき一言だった。
 半年前に村の祭りの日にアシュレイと出会ってから、マリーベルが大事に大事に、積み上げてきた思い出と恋心。不釣り合いだとは、何度も思った。いつか、別れが来そうな気はしていた。でも、それでも、全てが偽りであったなどと、兄に言われたくない。そんなことは、受け入れられない。兄のそれが、自分を心配してのものだとしても――
 焦げ茶の瞳に、大粒の涙をためて、マリーベルは怒鳴った。
「エドガー兄さんの、馬鹿――――っ!」
 そう感情のままに怒鳴ると、マリーベルは兄たちに背を向けて、扉の方に駆けだした。蜂蜜色の髪が乱れて踊る。
「待てっ!マリーベル!」
 エドガーが止めるのも聞かず、妹は兄の手を振り切って、外へと飛び出していった。
「……エドガーさん」
 少女の背が遠ざかるのを、成すすべもなく見送り、マリーベルの姿が見えなくなった頃にようやく、シアはエドガーに声をかける。
 呼びかけられたエドガーは、後悔するような鎮痛の面持ちで、唇を噛んで言った。
「見苦しいところを見せて、本当にすみません。妹も……マリーベルも普段は、あんな娘じゃないんですが……」
 妹を傷つけた後悔と、いずれ言わねばならないことだったのだという気持ちの狭間で、エドガーの心は揺れていた。
 自分の言動が、妹にとって刃にも等しいことは理解していた。わざわざ客のいる前で、昨夜のことを言ったのは、他人が居れば下手な言い訳はすまいと思ってのことだ。
 妹を傷つけるのはわかっていたが、エドガーは決して、それを望んではいなかった。マリーベルは純粋で、少し世間知らずで騙され安いかもしれないが、心根の優しい娘なのだ――大事な妹なのだ。
 なのに、どうして……
「マリーベル……」
 妹の名を呼んで、頭を抱えるエドガーの横で、シアとアレクシスは顔を見合わせた。
 このまま兄妹の問題を、放っておいてよいものだろうか?シアは悩む。
 家族の問題に、下手に他人が口を出すものではないと、シアもアレクシスも思う。たとえ『賢者の書』が絡んでいるとしても、だ。もしリーブル商会で何かあれば、シアたちや商会の皆は、いつだって身内で話し合って解決してきた。それが最善だと思うし、今回の場合だって、多分そうすべきだ。だけど――
 (あのアシュレイとかいう男の妙な行動が、どうにも気にかかる……)
 アシュレイの整った顔と、冷たい瞳を思い浮かべて、シアは険しい顔で腕組みする。単なる杞憂に過ぎないかもしれないが、このまま放っておく気にはなれなかった。乗りかかった船という言葉もある。
「シア」
 アレクシスの呼びかけに、シアは覚悟を決めてうなづくと、頭を抱えるエドガーへと歩み寄った。
 そうして、曇りのない青い瞳で薬師の青年を見つめると、シアは迷いのない声で言う。
「エドガーさん。マリーベルさんの事情を話してもらえませんか?何か、お力になれることがあるかも……昨夜のことを、お話します」
 シアの言葉に一抹の希望を見出したように、エドガーは顔を上げる。
 しばらく沈黙して、昨日、会ったばかりの客に、深い事情を話すのをためらうような素振りも見せたが、やがて手段を選んでいられないと思ったのだろう。藁にもすがりたい心境だったのかもしれない。
 顔を上げると、エドガーは小さな声で、ポツリポツリと事情を語り始めた。
「――うちの妹が、マリーベルの様子がおかしくなったのは、半年前のことなんです……」
 その言葉から始まったエドガーの話に、シアとアレクシスは黙って耳を傾けたのである。
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