女王の商人

モドル | ススム | モクジ

  海賊と商人 8−8  

 騒動も一応の落ち着きをみせて、さて、いよいよ、本題である。
 さっき怪しげな露天商から買い上げた、うさん臭い地図を片手に、シア、アレクシス、ディークの三人は、港をうろうろとしていた。とはいえ、はっきりとしたアテがあるわけでもない。
 おまけに、二束三文で買いたたいた地図は、もっともらしく、年代風に装ってはいるものの、正確さからは程遠く、銀髪の少女の眉間に皺を寄せさせた。
「どこよ、ここは……?」
 うー、と不満げな唸り声。
 地図と睨めっこしながら、愛らしい顔をしかめ、渋い顔になったシアの横では、「その地図が、あてになるとは思えないけど、ね」とディークが肩をすくめる。
 軽く嘆息した、その青年の表情からは、どうせ見つかりっこないという心理が透けて見えて、彼女の神経を逆なでした。
 そうはいっても、あまり品のよろしくなかった露天商から買った、洞窟の地図が信頼できない、という事実には、シアとて抗いようがない。
 花にも似た唇から、ハ―――ッ、と深いため息がこぼれた。
 まったく価値のないガラクタかもしれないと思うと、手にした地図を、くしゃくしゃに丸めたい衝動にかられたが、ギリギリのところで踏みとどまった。
「読みづらいわよ、この地図、線も歪んでいるし、大体、どこのことを描いているの?」
 港の周辺を三周し、日も傾きかけてきた頃、シアはそう愚痴らずにはいられなかった。
 彼女を渋面にさせた主な原因は、手にある地図だ。
 黄ばんだ羊皮紙、ミミズののたくったような文字、ともすれば、子供の落書きのようなそれを、我慢して見続けたものの、そろそろ限界だった。
 洞窟の地図という触れ込みだったが、そもそも、どの場所なのか、よくわからない。――付け加えるなら、地図の中心には、もっともらしく×印などをつけているものの、そこに何があるものやら、なんともいえず怪しげな代物だった。
 海の恩寵を受ける街、エメスディアには波に浸食された洞窟や、立つだけで足がすくむような絶壁もある……という話だけは、父や商会の仲間から耳にしていたシアだが、場所がわかるほど、詳しいわけではない。
「まあ、そんなものじゃないの」
 予想の範疇だったように、軽く口角をあげて、落胆する素振りもないディークとは対照的に、本当に淡い期待を寄せていたシアは、地図を手にうなだれた。
 その横から、スっ、と男の腕が伸びてきた。
「少し、貸してもらってもいいか?」
 低い声のトーンと共に、剣を握る大きな手が、少女の手から地図を借り受ける。
 きょとん、と目を瞬かせるシアの目の前で、地図を取り上げた張本人、アレクシスは羊皮紙のそれを、眺めたりすかしたり、上下を変えたりしながら、しげしげと見つめる。
 カモメが高く鳴きながら頭上を旋回し、手持ち無沙汰になった彼女が、天を仰いでいる間、彼はずっと地図を凝視していた。
 バサバサと潮風が黒髪をあおり、騎士の漆黒の目がすがめられる。
 その瞳に、一瞬、何かが閃いたように、シアの目には映った。
 トントン、と彼の指が、地図の一部分を指差す。
「ここなんだが……もしかしたら、あの場所のことじゃないか?」
 アレクシスの言葉に、シアより先にディークが駆け寄る。
 半信半疑といった態はなりをひそめ、その表情は至極、本気だった。
「……一体、何処の事を言っているのかな?騎士殿」
 その緑眼に宿る真剣味に、アレクシスは刹那、たじろいだような、少し自信なさげな顔つきになる。しかし、そのような曖昧な態度は、かえって不安をあおるだけだと思い直したのだろう。
 地図から面を上げ、天を仰ぐ。つい、と地図を掲げ、指を一本、その道の先を示した。
 続いた声は、力強い。
「あの洞窟じゃないかと、俺は思うのですが、違いますか?……シア、ディーク殿?」
「……あの洞窟?」
 シアが、騎士の言葉を繰り返す。
 彼女の青い瞳に映るもの、アレクシスが指差す先、そこには、地図で描かれたものと、同じ三本岩の目印が描かれている。うさん臭いこと、この上ない地図であったが、まったくの出鱈目ではない証拠に、入り口の目印たるそれは、はっきりと描かれていた。
 ディークがひゅぅ、と口笛を吹いて、「やるねえ」と賛辞を表した。
 誇るでもなく、淡々と目を伏せたアレクシスの隣で、シアはその黒々とした横穴、洞窟の入り口にあたるそれを見つめる。
 エメスディアに古くからある、打ち寄せる波が作り出した奇跡、地図に描かれたる、その洞窟こそ――。
 黒々とした、全てのものを飲み込むような、洞窟の入り口。その横穴に、少女は珍しく、怯えにも似た感情を抱えて、ぎゅ、と右胸に手をあてる。
 シアの身体が強張ったのを見て取ってか、アレクシスが「とにかく……行ってみなければ始まらん」と、勇気を示して、先頭に立ち、ディークは相変わらず、緊張感のかけらもない、飄々とした笑顔で、それに続いた。思わず、立ち止まりかけた少女を案じてか、「……シア?」と前から、声がかかる。
「今、行くわ。待っててよ、アレクシス、ディー兄……っ!」
 意を決したように、シアは前へと走った。
 足元に巣食う、不安の影には目をつぶって。
 一度だけ、少女は背後を振り返った。知っていたけど、そこには人っ子一人おらず、ただ遠く、寄せては返す波の音が聞こえるのみだった。


「……暗いね。足元も、真っ暗だ」
 竜の咢にも似た洞窟の入り口に、少女とふたりの男、体格の異なる三人の影が飲み込まれてから、程なくして、ディークがそう辟易した声で言った。
 そういうディーク自身、近くの宿屋から、無理をして借り受けてきた蝋燭がなければ、一寸先もわからぬ闇に、足を取られていただろう。
 尖った岩場に、足をもつれさせかけ、おっとと……!と、間一髪、踏みとどまる。
 余裕しゃくしゃくのように見えて、蝋燭の炎で、ぼう、と淡く浮かび上がる青年の表情は、存外、真剣だ。
 太陽の光が届かぬ洞窟の中は、ひんやりと涼しく、何処からか、ぽとりぽとりと水滴の落ちる音がする。
 先頭のアレクシスが掲げ持つ、燭台で照らされた壁面は、ゴツゴツと岩ばかり突き出ている。
 かすかに波の音が聞こえる。
 ――この先は、海に繋がっているのだろう、とシアは想像を巡らせた。
「意外と広いわね。この先、どこまであるのかしら?」
 大声を上げたわけでもないのに、ぐわんぐわん、と洞窟の中、少女の声が反響する。
 くるくる、と周囲を見回し、その結果、転びそうになるシアに、そっと手を差し伸べ、アレクシスは「危ないから、気をつけろ」と、穏やかに諭す。
「う、うん」
 暗闇の中、真剣な眼差しで見つめられて、思わず、鼓動を跳ねさせる彼女の後ろでは、ディークがここまで歩いてきた道のりを、忘れぬよう、光る小石を落としていた。
 一体、全体、どのような仕組みになっているのか、男の手から離れた小石は、真っ暗闇の中にあって、青白く、輝く鱗粉のような光を放つ。
 シアが、はてと首をかしげた。
「それ、何なの?ディー兄」
 彼女の問いかけに、ディークは「んー」と語調を伸ばし、飄々とした優男から、商人としての顔に戻って、「蛍光石っていうんだけど、買う?四十レアンで、いいよ」と、冗談めかして言った。
 買わないわよ!とシアが肩をいからせると、ディークは、くっくっくっ、と愉しげに喉を鳴らした。その表情は、クラフトと瓜二つといっていい。
 そうして、蝋燭を手にしたのとは逆の手で、ちょいちょいと彼女を呼び寄せると、耳に唇を寄せ、まことしやかに囁く。
 ――東の果ての国には、ね。
「ホタル、という、宝石みたいに光り輝く昆虫がいてね。その虫は、僕たちの燭台の代わりなんだ。東国ムメイでは、皆、夜出歩く時は、ホタルを連れて外出するぐらいさ……その虫の寿命が尽きると、こうして石のようになるんだよ。というわけで、この蛍光石、もともとは昆虫だったのさ」
 流れるように、さも真実くさく語ったディークだったが、シアはじと――と疑うような眼をし、ウソでしょ、と間髪入れず言い放った。
「残念。バレたか」
 ディークは軽く舌をだし、悪びれる様子もない。
「もう、ディー兄のホラには騙されないわよ……!絶対に!」
 ワサービの恨み、忘れてなるものかと歯噛みしたシアだが、ディークから一つ二つ、蛍光石をもらい、地面に落としていくことには、もろ手をあげて賛成する。
 曲がり、入り組んだ洞窟な内部では、そうでもしなければ、うっかり迷子になってしまいそうだ。
「この先、二手に分かれるのか……」
 細心の注意を払いながら、洞窟を歩んでいたアレクシスだったが、そう呟くと同時に、歩調を緩めた。途端、ぽたぽた、と岩を伝った雫が、肩を濡らす。
 ディークがどれ?と、脇から、騎士の手にある地図を覗き込んで、ふむふむと合点した。確かに、この先、道が二本に分かれているね、と。
 それを聞いたシアは、どうするのと首を傾け、迷うような仕草を見せて、アレクシスとディークを交互に見た。
 男たちは、一時、顔を見合わせて、先に口火を切ったのは、黒髪の青年だった。
「……洞窟は入り組んでいるし、この地図があってるとも、危険がないとも限らない。俺だけ先に進んで、様子を見てきますから、ここで待っていてくれると助かる」
 自分が先に行って、安全かどうか確かめてくる。
 そう言い張るアレクシスの無謀さに、年長者であるディークは半眼になり、厳しい声を出す。
「危険かもしれないから、ひとりで行くっていうかい?騎士殿……黙って待っているのは、性に合わない。僕も行くよ」
 無謀と勇気をはき違えるな、とでも言いたげな商人の男に、騎士たるアレクシスは剣の鞘に触れて、いや、と首を横に振った。
 ディークを侮る気も、ひとりで格好をつけるつもりも皆目ないが、騎士として、こういった状況では、先陣を切るものと心得ている。
 別段、なにが待ち受けているというわけでもないが、用心をしておくにこしたことはないだろう。
 が、しかし、アレクシスの反応は、予想通りのものであったらしく、ディークはふっ、と鼻で笑っただけだった。蛍光石を手のひらで転がしながら、再度、共に行く、という意志を示す。
「僕がついていったところで、不都合はないだろう?……シア、君は、ここで待っているんだ。もしも、僕らふたりが戻って来なかったら、助けを呼びに行く役が必要だからね」
 もっともらしく説得されたものの、実際、シアを危険から遠ざけようという意図は明白で、除け者にされたシアは良い気はしなかった。
 アレクシスやディー兄の優しさはわかるし、何かあった時の為にというのも、頭では理解している。けれども、ふたりに様子を見に行かせて、一人だけ安全なところで待っている……というのは、何かが間違っている気がした。
 しかし、ディークは心配ないよ、と彼女の銀髪を、わざと乱暴な手つきでぐしゃぐしゃと撫でると、さっと先を歩いていってしまう。
 アレクシスも、ちらり、と此方に気遣わしげな眼差しを投げたものの、結局、先を行く男の背を追いかけた。
 シアの胸に洞窟の中に、ひとり取り残されたような寂しさが去来した。ぞわ……、と洞窟の冷えた空気が、首筋を撫ぜる。
 耐えきれなくなって、とっさに声を張り上げた。
「待ってよ、ねえ……!」
 その時、暗闇から、すぅーー、音もなくと日に焼けた浅黒い腕が伸びてきた。
 蝋燭のわずかな灯りに頼る暗闇の中、まるで、腕だけが浮いているようだ。さながら白い蛇のように見えるそれは、シアの背後から、その華奢な首筋に巻きつくと、喉元を押さえて、もう片方の手で口をふさぐ。
 唐突に声を奪われたシアは、我が身に何が降りかかったのかわからず、「んんーんー」と半ば呆然としながら身をよじった。
 恐慌状態で、腕や足を振り回し、暴れてみても、口をふさいだ男の手は、外れることはない。
 首を押さえた他人の手が、気持ち悪く、恐ろしい。ぞわぞわと鳥肌が、立つ。
「むーむーむー」
「……悪く思うなよ。あんたを拐えば、楽して大金が手にはいるんだとよ」
 耳元で囁かれたそれに、シアは大きく目を見開いた。
 よく知ったものではないが、どこかで聞いた覚えがある声だったからだ。
 欲にまみれ、舌なめずりせんばかり声が、ひどく不快で、シアは口をふさいだ手から逃れようと、懸命に暴れた。
 バタバタと手足を動かすが、息苦しく、恐怖と苦しさで涙目になりかける。
「むむー!むぅーーー!」
 先を歩いていったディー兄かアレクシスが、シアの異変に気づいて、引き返してくれないだろうか?
 それだけが、希望だった。
「こら、暴れるな」
 諦めることなく、暴れ続けるシアに、押さえつける力が強くなる。焦ったようなそれを、彼女が聞き入れる義理はなく、むーむーと唸り続けた。
 それを厭うように、ぎりぎりと少女の細い首が、絞め付けられる。
「……シア?」
 何か勘のようなものが疼いたのか、洞窟の奥まで進みかけていたアレクシスが、ふいに足を止めた。
 どうしたのさと、怪訝な顔をしたディークのそれには答えず、騎士の青年は黙って身をひるがえす。
 ちょっ、と叫びかけたものの、何か異変の気配を察したのだろう。
 ディークもまた、その背を追いかけて、元きた道を、駆け足で引き返し始めた。
 一方、シアの方も、黙ってやられっぱなしではいなかった。
 外見の可憐さとは裏腹に、負けん気の強い少女のことである。
 こんな目に合わされて、大人しくされるがままになっているはずもない。
 かくして、シアは反撃に出た。
 ふがふがと口だけ動かすと、口を押さえている指に、狙いを定めた。
 歯を立てると、渾身の力を込めて、がぶりっ、と噛みつく。
 食い千切らんばかりにそれに、ぎゃあああああ!と背後から、思わず哀れささえもよおすような悲痛な声があがる。
 どんと身体ごと突き飛ばされて、ようやく解放されたシアは、壁の岩に激突しそうになる。
 すんでの所で助かった彼女が、後ろを振り返ると、男がひとり、右手をおさえて、苦悶の声をあげていた。
 じりじりと距離を取ろうとしたシアを、男は凄まじい形相でねめつける。
 逃げた蝶を捉えようと、男は腕を伸ばす。が、少女が再び、その手に捕らわれることはなかった。
「シア、何があった!」
「無事でいるー?」
 迫ってくる足音と、少女の安否を尋ねる声に動揺してか、男は再び、シアに危害を加えようとはせず、足早に逃げ去ろうとした。
 しかし、駆けつけておきながら、それを易々許すほど、アレクシスもまたディークも甘くない。
 アレクシスは、逃げ出そうとした男の前方に回り込んで、ヤケ気味に振り回された拳を、難なく避ける。と同時に、その腹に拳を叩き込んだ。
「ぐ……ぅ……!」
 ヨロとよろめいた男に、ディークがにこりと笑って、トドメとばかり回し蹴りをお見舞いする。
 顔を青くしたシアを見てか、二人共、容赦がない。
 蹴りを顔面で受け、シアを脅していた男は、顔に靴の跡をきざみ、いっそ滑稽な相を見せながら、ばたりと地面に倒れ伏した。
 口元に手をあてながらも、さすがに同情的な顔つきをしていたシアだったが、大丈夫かというアレクシスの問いに、こくこくと首を縦に振る。
「……この人、さっき地図を売ってきた男じゃないかい?ほら、シアと揉めたあの露店商の奴」
 あっけなく気絶した襲撃者の顔を除き込んだディークが、おや、と驚きの声を上げた。
 その言葉に、シアも「ええ……?」と叫んで、身を乗り出す。まさか、嘘でしょう。
「本当だよ。ほら、よく見てごらん」
 鼻の頭に傷のある、その男とはつい数時間前、この洞窟の地図を手に交渉したばかりである。
 シアを、リーブル商会の跡取り娘などと思わず、ただの小娘と侮った男は今、目を回して伸びていた。
 たった一度、店主と客という関係とはいえ、この短時間では見忘れようもない。
「……確かに。何故、この男がこんな真似を?」
 自らが倒した男の顔をのぞきこんで、アレクシスはそう、疑問の声をあげずにはいられなかった。
 先ほどまで、全く接点がなかったはずの露店商の男が、どうして、急にシア達を襲撃しようとしたのか、皆目、見当がつかない。
 首を捻っていた騎士は、その瞬間、いくつも不穏な気配を察し、ハッと弾かれたように、そちらを向く。
 シアもつられたように、首を回した。
 同じく、暗闇にうごめく複数の気配を察してか、ディークは唇を歪める。
 余裕のある言い回しは、やや皮肉気な響きを帯びていた。
「どうやら……招かざる客のおでましみたいだね」
 ディークの言を皮切りに、洞窟のあちらこちらから、ぬぅ、と立ち上がる影があった。
 十、四、五人はいるだろうか。
 一様に、ギラついた狼のような目をし、それぞれにナイフや棍棒など、獲物を手にした男たちは、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。
 狩る側と、狩られる側。
 己たちの圧倒的な優位を、確信しているのだろうと、アレクシスは冷静に分析した。
 いかにも寄せ集めといった烏合の衆で、連携はよくなさそうたが、いかんせん、多勢に無勢。
 数が、違いすぎる。襲撃者たちの素性や目的など、考えを巡らす時間もない。
 ただ、男たちが、シアをひいては、アレクシスやディークを害そうとしているのは、疑う余地もなかった。
「……っ!」
 頬をひきつらせて、思わず、後ろに下がったシアを、庇うように前にたち、アレクシスは彼女にある事を託す。
「先に逃げて、助けを呼んできてくれ」
 しかし、彼の頼みに唇を噛んだシアは、いやいやとかぶりを振る。
「嫌よ」
 ひとりだけ逃げることに、気が咎めるのだろう。
 たとえ、戦う力のない己は、足手まといだとわかってはいても。
 ――意地を、張っているんじゃないの。ディークは気負いのない声で言うと、握りしめた拳をかかげて、男たちに石を投げた。
「僕らが足止めしている間に、逃げな」
 洞窟の暗がりに、光る小石が舞った。
 きらきらと煌めくそれに、襲撃者たちも一瞬、何事かと目を見張る。
 その隙を、狙っていたディークは見逃さなかった。
 早く行け、とシアの背を押すと、それにいち早く気づいた男との間を、一瞬にして詰め、その足元を払った。
 ついでとばかりに、アレクシスもそれに便乗し、手近にいた一人を剣の鞘で殴り倒す。
「ぐ……お……っ!」
 なおも躊躇しかけるシアを、アレクシスが怒鳴った。
「早く行け、振り返るんじゃない!」
「アレクシス、ディー兄……っ!」
「いいから、誰か呼んでくるんだ……!」
 アレクシスの声に、シアは目を潤ませかけたものの、首を振り、わかったと叫び返して、入り口の側へと走った。
 蝋燭の灯りにきらめく、銀髪が遠く、少女の後ろ姿が見えなくなったことで、騎士は安堵の息を吐く。
 その傍らでは、ディークがもう一人の男の手から、素早く、ナイフを叩き落としたところだった。
 お見事と、心中で感嘆の息を吐きつつ、アレクシスは彼と背中を合わせる。
 自然と、思っていた言葉がこぼれた。
「貴方が、残ってくださるとは……ディーク殿」
 アレクシスの言葉に、亜麻色の髪の青年は、不敵に微笑っただけだった。
 このような危機の最中にあっても、ディーク=ルーツという男は、何も変わらない。
 並大抵の豪胆さでは、なかった。
 僕はね、ディークは目を細め、アレクシスに宣言する。
「死ぬ時は、せいぜい格好つけて死ぬと決めているんだ。だからこそ――」
 ニッ、と歯を見せて、ディークは踵をあげると、襲ってきた男を蹴りつける。
「生きてるうちは、思いっきり、生き足掻いてやるんだよ」
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