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女王の商人
モドル
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八章 宝石と商人 9-4
カランッ、と入り口の扉が鳴ったのを見て、在庫をせっせと帳面に記入していた、エルトはゆるりと頭を上げた。
商人仲間が戻ってきたのか、あるいは誰かが、王都一と名高い、リーブル商会を訪ねて来たのか。
急な来客の対応も、見習いの大事な仕事である。
すくっと立ち上がりかけた三つ子の一人は、商会の扉を押し上げた青年の姿を認めて、「なんだ……」と少しばかり気安く、肩の力を抜いた。
均整の取れた長身、漆黒の、深く凛とした眼差しと、腰に帯びた騎士の証。アレクシスだ。
相変わらず、ただ立っているだけでも絵になる人だなあ、とやや羨望めいたものを覚えつつも、エルトは気安い笑みで、
「どうも。アレクシスさん。お元気そうで」
と、挨拶する。
「エルトも。元気そうだな」
アレクシスもまた微笑して、応じる。
さらりと自分と兄弟たちの違いを当ててみせた騎士に、エルトは 「はー」と感心した風に、息を吐いた。
「アレクシスさんといい、シアお嬢さんといい、よく三つ子の俺らを、見分けようとしますよね。親でさえ、たまに間違えるっていうのに」
「シアは、わからんが……俺のは、ただの勘だ。自慢にならんよ」
控えめに答え、きょろきょろと周囲を見回すアレクシスに、エルトは聞いた。
「女王陛下のお仕事の件でしたら、シアお嬢さんは今、出掛けているんですが、多分、すぐに戻ってきますよ……伝言とか、預かりましょうか?」
気を利かせたエルトのそれに、いや、それには及ばない、とアレクシスは首を横に振り、それより、と言葉を続けた。
「ディーク殿から、俺宛てに便りは来ているだろうか」
「えっと、ディークさんから、アレクシスさん宛ての手紙……ですか?俺が知る限りは、届いてないですけど」
「そうか……」
少し落胆したような青年の物言いを、エルトは不思議に思う。
アレクシスとディークの二人、性格は正反対にも思えるのだが、そんなに仲が良かっただろうか。
「……いや、来てないならいいんだ」
アレクシスは苦笑し、首を横に振ると、エルトに礼を言い、去っていこうとする。
「すまない、邪魔をした」
「あっ、アレクシスさん……!」
エルトが騎士を呼び止めようとした時、外からどやどやと騒がしい声が聞こえ、彼と瓜二つな顔の青年が入ってくる。
アルトだ。
「ただいま、戻りましたー。かーっ、腹へった!」
ただいまと同時に、空腹を訴える。
アルトは戻ってくるなり、にこっと愛想よく笑いながら、お向かいの通りを指差した。
「さっきそこで、オスカーさんとすれ違ったよ」
「オスカー殿が……?」
オスカーの名を聞いたアレクシスが、ついと眉をあげた。
その騎士の真意を深追いすることはせず、アルトは「シアお嬢さんも、もうすぐ戻ってくると思います」と、告げる。
シアと一緒の仕事で、帰り道にお嬢さんと、パン屋ベルルに寄ったのだと教える。
それで、シアお嬢さんの方は、幼馴染みである看板娘のジャンヌと、きゃっきゃっと、かしましくお喋りに花を咲かせていたので、自分は一足お先に退散してきたのだと。
「ただいまー!あれっ、アレクシス……?」
噂をすれば影というわけで、丁度、シアがパン屋の袋を片手に帰ってきた。
エルトの隣にいるアレクシスを認めると、彼女は嬉しそうに、パッと華やいだ笑顔になる。
良くも悪くも、己の心に素直で、仲間たちから、シアお嬢さんはわかりやすいと、苦笑まじりに語られるわけだ。
端から見ても、わかりやすい恋心、気づかぬは当のアレクシスばかりである。
シアが買ってきたのは、腕の長さほどもあろうかという、長いバゲットだった。
パン屋ベルル自慢のそれは、サーモンや鴨のあぶり肉、レタスやトマト、チーズをたっぷり挟んだ、どんな腹ぺこさんでも、満腹になりそうな一品である。
大人の男でも、容易に食べ切れなそうなそれを、どんっとテーブルに置いて、銀髪の少女はにこ、と可愛らしく笑った。
「いや、有り難いが、セドリックが昼食を用意しているそうだから……またの機会に」
アレクシスは、やや残念そうな素振りを見せたものの、シアの頭に軽くポンッと手を置き、足早に去っていった。
シアは無意識に撫でられた頭に触れつつ、なーんか引っかかる、と唇を尖らせる。
確証はなく、ただの女の勘に過ぎないが。
「ちょっと妙なのよね、何を話し掛けても上の空というか……最近のアレクシスは」
隠し事をしてるみたいに、あんまり喋らないし……あたしに、ディーク兄の居場所とか聞いてくるし。
「もしや、愛想をつかされたんじゃないですか」
むーと唸るシアを、アルトが冗談まじりにからかった。
「なにせ、お嬢さんはすぐ手が出るから」
「何ですってええ!もう一度、言ってみなさい、アルト!」
痛いところをつかれたシアは、顔を真っ赤にして怒る。
些細なことでも、ムキになるから、からかわれやすのだ。
そんな風に、ぎゃーすぎゃーす騒いでいる合間に、倉庫整理から戻ってきたカルトが、机に置いてあった、美味しそうなバゲット、もとい、シアのランチに手を伸ばす。
むしゃむしゃと、レタスをかじる小気味よい咀嚼音がした。
すんごく楽しみにしていたバゲットを食べられて、遅まきながら、それに気づいたシアが悲鳴を上げる。
――カルトおおおお!
哀れな絶叫が、商会の建物にこだましたのであった。
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